みちのく瓦版

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みんな小早川秀秋を悪く言いすぎ!!!  その1

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【軍事雑学】信じられないが、本当だ「巡洋艦「最上」鮫島艦長をぶん殴った少尉の恩返し」

2: 人間七七四年 2016/01/19(火) 00:56:04.52 ID:Xl75kWb/
大体、裏切ったのは加藤清正や福島正則の方が先じゃん

7: 人間七七四年 2016/01/19(火) 07:30:15.07 ID:jbw0f3mo
>>2
福島正則はともかく加藤清正は裏切っとらんぞ

12: 1 2016/01/19(火) 19:06:55.71 ID:nNZNEZIL
>>7

加藤清正と福島はどう違うの?
国元に居て関ヶ原に出陣しなかっただけで、
九州で東軍の一員として行動してるじゃん

14: 人間七七四年 2016/01/20(水) 16:03:22.31 ID:ZnbI/3NR
>>12
勘違いしてる奴多いけど関ヶ原は豊臣内のイザコザに過ぎず飽くまで石田三成と徳川家康の権力争い
関ヶ原の時点では豊臣の中で三成派につくか家康派につくか、って話でしかない
その後清正は秀頼の家康接見の際に護衛役を買って出たり生涯豊臣家への忠義を尽くしたけど
正則は大阪の役で秀頼の応援要請に応じず豊臣家を見捨ててる

37: 人間七七四年 2016/01/25(月) 07:37:33.80 ID:A+Vi5MDL
>>14
清正は秀頼の護衛役をしていたのではなく、家康の息子で清正の娘婿である頼宣の護衛役だった
正則は秀頼に対し再三天下を諦め幕府に従うことを勧めており、豊臣家を見捨てていたわけではない

39: 人間七七四年 2016/01/25(月) 20:23:48.78 ID:OfguA1Ca
>>37
実は調べて筆頭(浅野)じゃなく次席だったから筆頭格と書いたんだよw

三成贔屓を敵にしたくないから「善政」だの「忠義」だのを
世間(某公共放送の歴史番組)の評価として書いたけど、秀秋さん擁護の意図なので
「妻を人質にとったり、領地地位等の利益で釣ろうととした」
「豊臣恩顧の福島ら東軍の諸将を味方にすることが豊臣方の大将にもっとも必要な資質」
ってほうに力点を置いたつもり。

秀秋としては「話がウマすぎるし、他の恩顧の家臣を敵にしてる、あやしい」って思わないかと
それに家康は家老の稲葉正成※らを味方にしており
当時19才で叔父の七光りで大名になった彼が
実務を行う重臣たちの重圧をはねつけるのは難しいんじゃないかな。
※後に妻だった春日局は家光の乳母、2人の子孫は幕府重臣を輩出する大名家

さらに言えば、三成が忠義を示すなら、人質をとる姑息なことをせず
自らが東軍の豊臣諸将の前に出向き、命がけの説得を試みればよく
それで失敗しでも最悪でも自分が死ぬだけで多くの兵を巻き添えにせずに済む。
そうでなく、あくまで戦に訴えたのは
明智を討って天下をとった秀吉の天王山(山崎の戦い)
の再現をねらったとの観方もできるかも。

・・・そこまで書いたら三成びいきを敵に回しちまうw
(あの、別に三成さんが嫌いな訳じゃないですよ。
 『淀川の葦』の話とか知恵者で福島さんのような土蔵の弓じゃなく
 泰平の世でこそ役立つ人だったと。惜しいことです。)

43: 人間七七四年 2016/01/25(月) 23:46:04.75 ID:lESqR4Bc
あと大谷の茶と>>39の葦刈り逸話は史実としての信頼性が低い
特に大谷の茶は初出が明治以降で三成が秀吉に入れ替わってる事もある(福本日南の創作)
葦刈の方は場所の設定がおかしいだけなので似たような事はあったのかもしれない

そんなに長文書いてまで歴史を語りたいのならば
特に逸話は批判的に見た方がいいんじゃね
三成贔屓本を鵜呑みにして語ってるように見えるぞ

9: 人間七七四年 2016/01/19(火) 12:34:50.27 ID:EzlHmYOX
最初から徳川方で軍監も派遣されてた
関ヶ原の布陣も西軍追い出してたし
裏切り者では無い

形勢を見て実際に裏切ったのは、脇坂、朽木、小川、赤座

10: 人間七七四年 2016/01/19(火) 13:49:49.62 ID:nPdtbSRC
>>9
でも秀秋軍の将の一人がいざ攻撃を仕掛ける段になって
「道義に反する」と隊を離れてる
秀秋がギリギリまでどうするか悩んでたのも事実だろう

20: 人間七七四年 2016/01/23(土) 11:13:47.15 ID:iPzifJ12
関ヶ原はどうみても三成が悪いだろ
地位も家格も官位も石高も兵力も何もかもが小早川より圧倒的に下にもかかわらず
自分の方が上だと勘違いして偉そうに命令して従わなければ裏切り者呼わばり
下の地位の者からこれほど無礼な態度を取られたら小早川も離反せざるをえない
増長して礼儀というものをまったく理解できなかった三成がすべての元凶だよ

23: 人間七七四年 2016/01/23(土) 17:03:20.54 ID:5Lyz/6PK
土壇場での裏切り…小山田
厚遇されてたのに裏切り…穴山
冷酷非情…木曽
のすべてをあわせ持った男だな。

24: 人間七七四年 2016/01/23(土) 18:46:29.84 ID:0XV4m6qN
木下勝俊・・・東軍に属し伏見城を鳥居と任されるも敵前逃亡
木下利房・・・西軍に属して改易
木下延俊・・・田辺城に西軍側で兵を送るが関ヶ原後に西軍の福知山城を攻めて加増
木下延貞・・・生来病弱で秀秋の食客として過ごし、秀秋と同じ日に謎の死を遂げた
木下秀規・・・西軍に属して改易
木下俊定・・・西軍に属して改易

兄弟全体だと西軍よりだったようだが微妙な連中だなあ

25: 人間七七四年 2016/01/23(土) 21:56:27.26 ID:63Hgvwgr
しかしそれだけ多くの兄弟の中から選ばれて秀吉の養子(場合によっては後継者)になったんだから、
よほど利発だったとか、眉目秀麗だったとか特別な子供だったのだろう

28: 人間七七四年 2016/01/24(日) 08:30:03.12 ID:+2Tq5rBj
秀秋の不運は蔚山で加藤の救援に向かってしまったことだろう
これで三成の怒りを買って讒言攻撃を受けて領地を奪われかけるなど派閥争いに巻き込まれた
しかし秀秋は武断派に入ったわけではないので三成の短絡的な反応は馬鹿げているし
何より戦場に派閥抗争を持ち込むのは重大なルール違反である
三成という稀代の奸臣によって人生を狂わされた犠牲者と言えるだろう

34: 人間七七四年 2016/01/24(日) 16:09:08.00 ID:M291PIrF
「過ちては改むるに憚ること勿れ」
(≒正しい結果に直すなら恥との思いは有害無益)という。

秀秋を責める人間は東軍(家康)についたのが間違いだと思っている連中で
それが東軍の人間なら己のミスを棚に上げて~と思えるし、
西軍の人間 石田三成びいきからの批判なら、
それは彼の政治センス(人徳)のせいと反論できなくもない。

三成は(蓄財してなかったことが戦後明らかになったように)
それまでも真面目に仕事をし、少ない領地から自腹で軍備を整え、
己を引き立てた秀吉のために忠義の戦さをした公正無私な人物だろう。
しかし、他方で、諸大名を味方にするため妻を人質にとったり、領地地位等の利益で釣ろうととした。
そのような「己は良い人間、他人は悪い人間」という態度※では味方になりづらくないか?
秀秋に対し「豊臣秀頼が成人するまでの間の関白職と、上方2ヶ国の加増」って
関白といえば兄秀次を思い出すし、加増も三成らそんな権限あるの?って
そんな実のない談話より家康からの実弾のほうがよほど心に響いたと。

※とはいえ、従業員が聖人でないと務まらないようなブラック企業も論外だがw

三成は五奉行筆頭格で天下を取り仕切り、領地では善政を敷き領民に慕われていた
有能でかつ清廉な人物。また、大谷吉継との(お茶等の)逸話とか性格にも美点があるが、
それに 真面目・仕事熱心 が加わると清廉さは独善、有能さは自尊 で 高慢 に見えしまうだろう。

そんな人物が豊臣方の実質的大将として日本史上最強の政治家といわれる家康と渡り合うのは無茶だったろう。
豊臣恩顧の福島ら東軍の諸将を味方にすることが豊臣方の大将にもっとも必要な資質だったろう
が、むしろ彼の敵意を高めてしまう人間が大将になってしまった。
そんな巡り会わせになったのは、詰まるところ、秀吉にせいだろう。
(織田・豊臣は有能な人材を分野を特化させる=能力効率主義で成果を上る気風と思われるが、
 癖のある尖った人材に得意なことばかりさせては協調はうまれず、秀吉死後の武断文治の深刻な対立を生んだかも)

秀吉は元気なときは「遺言は病気の重い時にしてはいけない」といっておきながら
重病の床では、家康たちに「秀頼のことお頼み申す」と血判させてるけど、どちらが本音だろう?
「浪速のことも夢のまた夢」との辞世を残しているが、浪速のこと=豊臣政権 を 夢=儚いもの との認識があったのでは?
それに豊臣政権とは実は豊臣・織田・徳川政権(、豊臣の新規の姓の下に織田徳川を束ねるつもり)だったといえるのでは?
西軍には信長嫡孫秀信や信雄の子らが属し、淀殿が主となって大阪城には織田ゆかりの人物が集まり(寧々は退き)、
下手すりゃ(仮に秀頼が実子じゃないなら尚更)豊臣は織田に乗っ取られた形だったのでは?
ただ、それも秀吉とっては望むところだったと思えなくもない。
秀吉を突き動かしたのは信長の事業を無駄にしたくない、志を継ぎ天下統一を果したいとの思いだったと思いたい。
個人的には”人たらしの名人”秀吉でなければ信長の志をつぎ天下統一を果たせなかったと思える。
関ヶ原で兵数を揃えた西軍の軍事的優位が家康の政治力の前に崩されたように、
劉邦や足利尊氏が敗戦から再起し天下をとったように、天下獲りには人の心を掴むのが重要だろう。
忠義というなら秀信を天下の主にすべきとの反論もあろうが、
それでは三成に代表されるように秀吉こそ主と尽くしてきた人たちを裏切るし、功なき者を増長させることにもなるだろう。
他方、信長の遺児たちも所領を全国にまで広げた秀吉の力と功を評価し、
あるいは天下を治める大変さと己の力量を理解し、
織田の血をひきし秀頼が主になることで丸く収まったと。
…って色々書いたけど、太閤さんは死後の政権にあんま執着なかったんじゃないの?
ってことです。そこに父祖伝来の地位をつぎ、譜代の家臣に助けられてきた家康公との違いがあると。

ところで、秀秋は若死にしてしまったが、この件で気に病んでの自殺の類なら、
一番傷ついたのが秀秋本人なんだろう。
(秀次といい秀秋といい妹朝日といい太閤さんは身内に酷なことをしてるんだよねぇ)

37: 人間七七四年 2016/01/25(月) 07:37:33.80 ID:A+Vi5MDL
>>34
とりあえず突っ込ませてくれ
三成は五奉行筆頭ではないし領内政治も三分の二を税として取り立てる形式で善政と言われると疑問符がつく
そもそも彼が忠義の臣だというのは家康が豊臣家を滅ぼしたという結果からの逆算でしかない

43: 人間七七四年 2016/01/25(月) 23:46:04.75 ID:lESqR4Bc
>>34
関ヶ原後佐和山城に財物が無かったのは
慶長5年9月12日付増田長盛宛て書状より戦費として放出されたと推定される
(この書状ちょっと入手経緯は怪しいが偽書とする理由にも乏しい)

出典が藩翰譜の逸話で良ければ
織田信雄を買収しようとしてるしな(実際に支払った約束した金額より少なく失敗)

38: 人間七七四年 2016/01/25(月) 17:39:17.84 ID:k46Gxgib
慶長記に拠れば西軍が関ヶ原に向かったのは、家康の流言策に引っ掛かったわけではなく、
小早川勢を仕置きするためだったらしいね

44: 人間七七四年 2016/01/26(火) 20:50:13.42 ID:+WWxgq7M
裏切りからあっという間に西軍敗走のイメージあるけど
15000の部隊を下山させて大谷潰すのってそんなに素早くできるのかな

45: 人間七七四年 2016/01/27(水) 01:12:38.56 ID:KdkeyBSq
>>44
小早川の裏切りで大谷は崩れていない。むしろ押していたぐらい。
だけど脇坂、赤座らの裏切りで脇腹をど突かれて崩れた。大谷は小早川の裏切りは予測していたけど、他の部隊まで裏切ることは予測してなかったらしい。

49: 人間七七四年 2016/01/28(木) 23:49:55.11 ID:6CP+l4Kq
毛利両川揃って造反って毛利宗家が天下取りの意思なかったんだろうな

50: 人間七七四年 2016/01/28(木) 23:53:11.09 ID:SoV9clNr
>>49
元就の遺言に忠実に従ったのか、それともやる気なかったのかのどっちかだな
輝元に天下をとれる器があるとは思えないんだがね

53: 人間七七四年 2016/01/29(金) 04:28:14.92 ID:MczcDZrK
秀秋が死ぬ前から主な家臣団がどんどん出奔したり、粛清されたり、蟄居させられたり
していってるから、なんか事件起こしてすぐに改易されそうな感じでもあった

54: 人間七七四年 2016/01/29(金) 08:21:35.30 ID:62kNu7Bv
ここまで内政での実績評価なし

55: 人間七七四年 2016/01/29(金) 09:50:44.63 ID:sczQANL1
吉川広家の方が悪いわ

56: 人間七七四年 2016/01/29(金) 09:59:04.16 ID:3jBkS1zs
そもそも三成に協力した毛利輝元が一番悪い

57: 人間七七四年 2016/01/29(金) 12:11:16.46 ID:tyLcTCxH
>>56
輝元は時勢読めなかったからね

吉川と小早川は仲良くなかったみたいだしね

58: 人間七七四年 2016/01/29(金) 12:26:09.81 ID:egtDvnR9
秀秋の小早川家って毛利親族って意識が薄いんじゃないの
補佐の家老も秀吉から派遣されてるし

61: 人間七七四年 2016/01/29(金) 14:34:59.24 ID:tyLcTCxH
>>58
本当は秀秋は毛利宗家に行く予定だったけど隆景が小早川で引き受けた

65: 人間七七四年 2016/01/29(金) 20:27:06.86 ID:QLANt44G
>>61
隆景が死んだ後は毛利系、小早川系の家臣は毛利に帰ったけど、自主的なのか強制なのか

66: 人間七七四年 2016/01/29(金) 20:44:56.12 ID:G3AUeK6q
>>65
秀秋はを養子にしたのは隆景が自発的にしたんですよ

71: 人間七七四年 2016/01/29(金) 23:25:47.95 ID:q7p5OSqZ
>>66
いや、家臣達が毛利に帰ったのは自発的なのか強制なのかってことを

72: 人間七七四年 2016/01/30(土) 00:14:06.91 ID:olzR0BmU
>>71
何とも言えない
隆景家臣団はもともとわかってない部分も多いし
秀秋の元を離れる時期もマチマチだったり

特に家臣団の大きな入れ替えがあったのは慶長役の後。
秀吉に筑前を巻き上げられた時に台所事情がキッツくなったので、
多くの家臣を毛利にお引き取りいただいたんだとか。

78: 人間七七四年 2016/01/30(土) 14:16:01.87 ID:ZGufmnku
>>72
腹心だった山口宗永も越前転封で大聖寺城主となったまま帰らなかったしな

59: 人間七七四年 2016/01/29(金) 13:56:42.85 ID:r9CnWrOb
秀秋が仮に裏切らなくても、石田三成では勝てなかった気がするのですが。

60: 人間七七四年 2016/01/29(金) 14:34:07.65 ID:tyLcTCxH
>>59
うん、そうだよ 大谷吉継は三成に勝てないから挙兵は辞めとけって初めは止めてたんだが3日間徹夜で説得された

74: 人間七七四年 2016/01/30(土) 09:30:38.21 ID:qaj5TzhA
>>59
関ケ原を起こした三成こそが豊臣に対する最大の裏切りものだしな

62: 人間七七四年 2016/01/29(金) 15:05:52.42 ID:r9CnWrOb
悪く言われるのは関ヶ原から2年で若死にしたからでは? その死も大谷吉継に呪い殺されたとか不名誉なものが多いし。

64: 人間七七四年 2016/01/29(金) 20:20:17.07 ID:Wk3xWTDg
秀秋悪く言うなら、何で前田利家とかは悪く言われないんだ。賤ヶ岳で柴田の敗戦を確実にしたのは前田でしょ。

69: 人間七七四年 2016/01/29(金) 22:36:31.45 ID:i6Yso0AP
赤座さんって台風が来た時川を見に行って流されたのが死因だっけ
現代でもありそうな死亡原因やな…

75: 人間七七四年 2016/01/30(土) 09:32:50.59 ID:/t3bzHT2
まあ三成が死んだ後、屋敷を調べてみたら余分な財産は一銭たりともなかった。
これはこれで美談だが、しかしそれではへそくりで二条城の天井をぶちぬく、家康
と戦っても最初から勝ち目などあるはがないわな…。

76: 人間七七四年 2016/01/30(土) 09:34:11.40 ID:DT4D+kKW
>>75
> まあ三成が死んだ後、屋敷を調べてみたら余分な財産は一銭たりともなかった

それ美談でも何でも無く、計算ができてなかっただけの話だからなあ。何が兵糧の天才だ

77: 人間七七四年 2016/01/30(土) 09:48:14.07 ID:+1ffKzvX
そもそも余分な財産がなかったのは、19万石の大名ではありえないほどの大金をばら撒いて
他のところから家臣を引き抜いたり城の外観を過度に立派にしていたからだよ
おかげで多くの大名から三成はこれだけ大金をばら撒いているのだから
汚職による不正蓄財をやっているに違いないと疑われる羽目になり敗北に繋がった
小早川でなくとも汚職官僚の復帰のためには戦いたくないからね

79: 人間七七四年 2016/01/30(土) 17:07:06.69 ID:vLlLYbJi
小早川って筑前・筑後に備中とかで100万石くらいありそうなのにな

80: 人間七七四年 2016/02/08(月) 04:11:17.85 ID:YVjynton
三成は良い勝負できたと思うけどな
少なくとも開戦時は形になったし勝てる陣を敷けた
中身がボロボロだからあっという間に終わったけど

81: 人間七七四年 2016/02/08(月) 13:22:50.21 ID:6Md7rv2v
>>80
西軍は陣を敷けていない所に小早川と東軍の挟撃を喰らって崩壊したという説が最近出ていてな?

88: 人間七七四年 2016/02/11(木) 20:44:04.66 ID:hNud7t4N
そもそも無謀な武装蜂起で豊臣を崩壊させた石田・小西・大谷こそ
豊臣への最大の裏切り者だろ
こいつらは忠臣面しているが豊臣を自分のオモチャのように扱いボロボロにした

89: 人間七七四年 2016/02/12(金) 17:43:14.54 ID:Oo0H+O23
石田三成程度で家康に勝てると考えるのがおかしい。

秀吉が勝てないのに三成ごときに何とかなる相手ではない。

90: 人間七七四年 2016/02/12(金) 18:42:21.30 ID:WqpV+nyY
秀吉の場合は勝てないというか別に徳川を潰すのが目的じゃなかったからな
唐入りの方に気を取られて国内は早く片付けたいと焦っていたが、豊臣家の事を考えれば大きすぎる大名は潰して禍根を絶つべきであったわ
自分の才能に頼りすぎる人はああいう失敗に陥り易い

91: 人間七七四年 2016/02/12(金) 23:04:39.76 ID:V/nc6P6f
>>90
秀吉に戦の才能なんてあったのかえ?
周りに優秀なのがいたから勝てただけでしょ?小牧長久手は実質手に負けだから

93: 人間七七四年 2016/02/13(土) 08:51:47.19 ID:CL+68Oem
>>91
それ言ったら槍働きする下っ端以外は全員才能なしじゃん

94: 人間七七四年 2016/02/13(土) 09:04:21.60 ID:j4vdDApX
>>93
そうじゃなくて秀吉には半兵衛やら官兵衛やらのブレーンがいたから天下取れたというてもかごんではない

95: 人間七七四年 2016/02/13(土) 13:24:21.73 ID:CL+68Oem
>>94
それだと斎藤龍興や小寺政職が天下取ってないとおかしい

96: 人間七七四年 2016/02/13(土) 13:26:07.00 ID:8NdcfJiM
>>95
龍興は半兵衛の言う事聞かなかった

小寺は官兵衛を遠ざけて荒木に売ったんですが

99: 人間七七四年 2016/02/14(日) 16:41:28.98 ID:f0KdeXqV
官兵衛は秀吉臣下の中ではトップクラスの功労者だけど
半兵衛の方は事実上何もしとらんぞ

100: 人間七七四年 2016/02/16(火) 23:55:18.21 ID:W8xV+SQW
黒官よりも蜂須賀や宮部の方が功績は大きいと思うがな
特に宮部は過小評価され過ぎ
小説やドラマにもほとんど出ないし

101: 人間七七四年 2016/02/17(水) 10:44:11.48 ID:O9yTDvA7
蜂須賀や宮部は玄人好みの名将といったところだな
重要拠点の押さえを任される事が多かったため主戦から離れていて目立たない
ああいうポジションは信頼できる人物であって尚且つ単独で臨機応変に立ち回れる能力がないと勤まらないから貴重なのだが

102: 人間七七四年 2016/02/20(土) 18:18:46.43 ID:7LCCkgOA
秀秋が小早川に貰われたのは、阿呆を毛利にいれたくないからじゃなく
毛利本家を乗っ取られたくないから、隆景が「私にも子がおりませんからぜひ小早川に」と
捨て身で本家を守ったんだよ
嫌々だったから、養子にしたあとすぐ隠居して
家臣たちも隆景を追って出ていき、秀秋は家臣集めに精を出すはめに…
お捨が生まれたから毛利に押し付けられたんだから
秀次の次くらいの被害者だよな秀秋も
あと関が原で様子見したたのは霧が濃くて下界の状況が分からず
霧が晴れた頃に、駆け降りたわけで、どっちにつこうか迷ってたわけじゃなく
最初から東軍として動いてるよ

105: 人間七七四年 2016/02/23(火) 03:48:54.55 ID:uY7l9zhO
当時の状況じゃギリギリまでどっちか勝つかわからなかったからな。
関が原の退陣直前だとさすがに出張ってた西軍諸兵はびびってた
みたいだが状況次第でどうにでもなった可能性もある。
細川攻めてた1まん、立花諸隊の1まん数千もしくは
大坂城の輝元本隊が進出してきたらどうなってたか。
秀秋はギリギリまで状況を見極めようとしてたんだろう。
戦局が西軍有利な状況で西軍の大勝利に貢献したら
史実どおり勝ち馬に乗れて大加増されただろうから。
考えれば毛利だって消極的な裏切りなんだよね。
どっちが勝っても大加増された戦略を構想した秀秋は策士なのかも。

107: 人間七七四年 2016/02/24(水) 23:13:02.42 ID:roaVAY+x
>>105
吉川小早川が勝手に動いたのは輝元の力量不足
関ヶ原前にあれだけ派手な軍事行動起こしといて
本戦での腰砕けっぷりは情け無さ過ぎる
どんな状況になっても総大将が輝元じゃ結果は変わらない
盟友の上杉が上方にいたら輝元も違った動きしたかもしれないが
それじゃ関ヶ原はないからな

109: 人間七七四年 2016/02/27(土) 23:14:36.70 ID:GavUX4uN
毛利は織田や豊臣のような当主独裁制ではなく重臣の許可を取る合議制だったのに
輝元は重臣に相談なく勝手に西軍総大将になることを決めてしまった
吉川でなくとも輝元の独裁に不満を抱いて反発するのは当たり前だった

110: 人間七七四年 2016/02/28(日) 12:36:48.26 ID:B4R5lW3X
>>109
元就が井上やらを暗殺してまで毛利家を強くしたのにね

111: 人間七七四年 2016/03/02(水) 21:41:04.01 ID:qjSQcFqM
>>109
織田も昨今の研究では重臣合議制だったっぽいぞ

112: 人間七七四年 2016/03/02(水) 21:57:10.23 ID:oq08E1Zn
当たり前のように清洲会議やってるから
信長時代から重臣合議制だったんでしょ

113: 人間七七四年 2016/03/03(木) 17:54:16.69 ID:OAtJF+vv
清洲会議の時は当主がいなかったのだから合議にするしかないだろw

114: 人間七七四年 2016/03/03(木) 19:53:47.89 ID:23E5b8t+
>>113
独裁だったら先ず合議が成り立たないんだよ。秀吉死後の豊臣みたいに

115: 人間七七四年 2016/03/05(土) 13:31:13.55 ID:Tei+J+UQ
本能寺までの織田の重臣はバラバラになってあちこち遠征しているんだから合議なんてできるわけがない
秀吉死後の豊臣だって上杉・毛利など多くが国許に帰っているのだから家康が一人で切り盛りしていたのも当たり前
電話やメールがある現代とは違い当時の合議は口で言うほど簡単なことではないよ

118: 人間七七四年 2016/04/06(水) 09:45:53.78 ID:vY95KbxK
大谷の場合、母親からの説得もあったみたいだけどね

120: 人間七七四年 2016/04/07(木) 04:31:41.87 ID:UoF3uqC6
吉川広家の方が悪いわ

121: 人間七七四年 2016/04/07(木) 06:45:42.14 ID:D1YidfoX
勝てたもんな 広家がじゃましなけりゃ
そして吉川家と違って、小早川家は毛利家の
分家筋ではなくなってた 隆景の家臣も多くが引き上げ、
尾張衆の家になってた 毛利家と運命を共にする義理はない

122: 人間七七四年 2016/04/07(木) 10:46:36.71 ID:PnGPF2n0
>>121
広家って初めから家康に内応してたんでしょ?

毛利本家が動いたら秀秋は西軍として動くのかね

124: 人間七七四年 2016/04/07(木) 11:30:30.52 ID:vgo1ZnY5
元々吉川も小早川も最初から東派の奴等じゃん
それを東軍の計略で戦場で敵を掻き回しただけで、何も勝敗の命運を変えた訳じゃ無いだろ
何か気紛れ起こした馬鹿のせいで、勝てた戦がたまたま運悪く負けた様な言い方するけど
特に吉川の場合、むしろ東軍挟み撃ちして西軍勝利させた方がその言い方に当てはまる

130: 人間七七四年 2016/04/09(土) 11:39:34.91 ID:DUOX0F7T
吉川広家は徳川との交渉の窓口になっただけで
別に広家が独断で勝手に内通したわけではないのだが
その証拠に徳川への内通書状には広家以外にも福原広俊 ・宍戸元続・益田元祥・熊谷元直など
毛利家の重臣たちの署名がはっきりとされており
広家が一人で勝手に内通して勝手に軍を止めていたというのは明白な誤りだよ
そもそもそんなことは物理的に不可能なのは簡単に分かるはずだが
戦後に広家に全ての責任をなすりつけた毛利史観が未だに見直されずに残っていることがおかしい

131: 人間七七四年 2016/04/09(土) 13:52:58.12 ID:vFlJaxpp
その連中の筆頭的立場だから、槍玉にあげられるのも仕方がない

132: 人間七七四年 2016/04/09(土) 14:27:39.33 ID:8b9ur43m
大体吉川が裏切らず西軍についてても普通に負けたからね
家康は内通させたからあの布陣で来た訳で
数では東が圧倒的有利で、それに任せた戦術で時間はかかれどいずれ勝った
家康の恐れてた事は秀頼が出てくる事のみで、そこで調略で早期決着出来そうだったからそれを選んだだけ
普通に戦ってたら毛利は完全に潰されてたんだから、広家は責められんわ

133: 人間七七四年 2016/04/09(土) 18:53:17.79 ID:nCwbIeWZ
もし秀頼が出陣していれば初陣だったのかな?

139: 人間七七四年 2016/04/10(日) 00:05:09.92 ID:dLN2yFTU
石田方とも徳川方とも共謀していなかった大名はどちらが正統な秀頼の名代なのか判断がつかなくて混乱した
だから秀頼が態度を鮮明にすれば、その方が圧倒的に有利になった事は間違いない

141: 人間七七四年 2016/04/10(日) 01:19:11.87 ID:6xtg7F5L
>>139
物理的な身柄を抑えられてしまった以上秀頼は西軍に付くしかないが、仮に勝っても石田らの操り人形一直線
西軍に付きつつ負けたら豊臣の面子が無為に消えるだけと、西側に旗色を示してあげるメリットがゼロだもの。
そんなことわざわざするわけがない。

140: 人間七七四年 2016/04/10(日) 01:09:04.98 ID:PsZR5Elm
家康は秀吉に秀頼成人まで政治を託された五大老筆頭であり
姻族関係で見れば秀吉の義弟であり秀頼の婚約者の祖父でもあり
朝廷と秀頼から認められた遠征軍の将でもある
正統性は家康のほうがあきらかに上
内府ちかひの条々ですら秀頼ではなく三奉行の連名なのに秀頼を戦場に連れてこれるわけないだろう

142: 人間七七四年 2016/04/10(日) 09:00:18.63 ID:PsZR5Elm
いくら戦に勝つためとはいえ七歳児を道具のように戦場に担ぎ出して危険に晒すようなまねしたら
秀頼の為にと謳って挙兵した西軍の動機そのものが怪しまれてかえって逆効果だろう

160: 人間七七四年 2016/04/12(火) 15:06:18.91 ID:4Y82jv9s
>>142
いや、もしそれが叶ってたら間違いなく西軍の士気は上がって東軍の士気は落ちる
裏切る腹づもりだった奴らも裏切れなくなる
もっともその可能性があったならそもそも家康は仕掛けてないとは思うが

143: 人間七七四年 2016/04/10(日) 11:03:00.07 ID:7Pvyqyt4
三成たちは一見すると忠臣のように振舞っているけど
実際は豊臣を私物化して自分たちの支配下に置こうとしてるだけだからな
だからこそ西軍には豊臣古参の大名はほとんど入らず
私物化を目論む文治派と外様大名ばかりだった
こんな悪質官僚と外様大名しかいないところに秀頼を送るなんて淀でなくても論外だよ

144: 人間七七四年 2016/04/10(日) 12:24:33.57 ID:jW7miJA2
客観的に見たら勅命で豊臣恩顧を従えて、出兵してる五大老筆頭の家康が官軍
三成は外様引き連れて、秀頼と大名妻子人質に謀反起こしてる奴
外様以外は小西と奉行は武官との争い、宇喜多は御家騒動で落ち目、大谷は友達枠

145: 人間七七四年 2016/04/10(日) 21:31:24.88 ID:dLN2yFTU
でも実際に家康は法度を破っているからな
道理は石田らにある事は間違いない
だが道理だけでは人は動かない

148: 人間七七四年 2016/04/10(日) 22:35:59.36 ID:ZNtSBhwa
>>145
「婚姻は秀吉の御意を得ること」という法度を秀吉の死後にどう守れと

149: 人間七七四年 2016/04/10(日) 22:46:27.26 ID:/b6zu0ed
>>148
実際には秀頼成人まで許可のない婚姻禁止だったから大老に許可を求めに来て
他の四人が国許に篭もったり何だりでくその役にも立たないから仕方なく徳川が手配しただけなんだよね。

石田支持者は秀頼一人のためだけに全国の小大名はみんなお家断絶しろとでも言いたいのだろうかね?
そんな権限、秀頼がほんものの天下人だとしてもありゃしませんがな。

146: 人間七七四年 2016/04/10(日) 21:42:15.15 ID:tQNdcGbv
徳川と一緒に法度破ってるのが蜂須賀と福島というのがな…
蜂須賀福島と石田比べたら蜂須賀福島の方に豊臣家の意思があると思う奴が多そう




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