みちのく瓦版

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尼子経久ってどうよ

aくぇらg


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【悲報】俺ぼっち大学生、某ハンバーガーチェーン出禁になった理由がヒドイwwwwwwwwwww


39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/23(土) 00:54:01 ID:qMsZB7Fz

実際は一休さんみたいな逸話が残ってるお茶目なじいちゃん




40: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/23(土) 01:49:42 ID:UM4rigow

日蓮宗が好きだったのかね?開板したらしいけど。
あと吉川元春が太平記を丸写ししたならこっちは
伊勢物語を丸写し。(あまりにもギャップがあったんでちょっとウケタww)
在原業平に憧れてたんかね?




42: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/24(日) 18:31:15 ID:jiaVau4V

歌・絵を嗜み文学にも興味を持ってたとか、何とまあ多趣味な人だよな。
若い頃京都にいたことが大いに作用しているんだろう。

この遺伝子が後進にも伝われば良かったんだが。父譲りの素養があった長男は
若死するわ、二男・三男には武骨なイメージしかないわで、悲惨だな




44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/28(木) 10:10:42 ID:FXbTHJmJ

>>42
尼子政久を評価しすぎじゃね?
陣中で笛を吹いてるところを射殺されるなんて、
文弱にもほどがあるぞ。
今川氏真公とイメージがカブる。




47: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/28(木) 12:30:53 ID:LHFCr436

>>44
政久は持久戦が得意だったのかね?
兵士の士気を上げるために笛を吹いて鼓舞したり
酒宴をひらいたり、小田原攻めの豊臣家みたいだな。(多少意味が違うが)

それよか自分はなぜ政久があそこまで苦戦していたのにも関わらず
弟たちがあっさり城兵皆殺しにできたのかが気になる。
(国久の息子が死んだときも、劣勢だった軍を盛り返してるし・・・
誰かが死なないと本気が出ないのか、尼子家は)

んで>>44のレスを見てふとこんな事を思った
政久→内政担当
国久→本家の軍事担当
興久→対諸勢力用軍事担当




48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/28(木) 17:39:42 ID:PWaRnWkZ

>>44
よく考えると三村家親と同じだな




51: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/17(火) 07:14:09 ID:E/1FtR2l

尼子経久、いいねぇ。
信長の野望初めてやった時、毛利さんでやっつけたけど。




53: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/18(水) 08:14:26 ID:lFig6LYO

緒方拳の経久は鬼のようなかっこよさだったな




56: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/10/19(木) 12:26:16 ID:RoYqpGOy

>>53
もう俺の中で尼子経久と言ったら他はもうありえない。




67: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/04(土) 19:29:47 ID:uhnBzsQk

尼子の精鋭の名前なんだっけ?




68: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/04(土) 19:34:38 ID:OVGZZag8

新宮党じゃなかったけ?




70: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/07(火) 11:49:42 ID:FPU//uJ3

元就公にとって幸運だったのは経久公と同世代ではなかった事だ
あとは晴久が無能で義久が更に無能だった事か




73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/08(水) 09:36:47 ID:0JBlHiMT

>>70
晴久が無能?おまえは何を言ってるんだ?
傑出して優秀ではないが武将としての戦果を
見れば無能なんて言えないはずだが




74: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/09(木) 02:07:08 ID:ZtiZzXhc

晴久はなんだかんだいって経久時代の体制を
変えた人物だし。(奉行制度は勝久の再興軍まで引き継がれている)
本城がついて来ただけでも評価できるよ。




75: 白鹿城下町人 2006/11/10(金) 20:55:21 ID:ZA6lBBC9

晴久公は猪突猛進が過ぎたのではないか…
新宮党ならいざ知らず、自身がそうでは…
下野守久幸殿の様な思慮深き方の意見をもう少しでも聴かれておられたなら、義久公の代への基盤整備でもなされたかもしれないが…

武田家もそうであったが、やはり先代が偉大過ぎた故であったのか…




76: 洗合城近辺町民 2006/11/11(土) 00:20:03 ID:JSLGW/nV

>>75
郡山攻めまでは確かにそのけもあったが、
それ以降はさしたる拙攻は見られない。
大内毛利を追い返したり銀山取ったり。
ただ銀山取ったあたりで毛利と和睦でも
していればまた違う展開があったかもしれんね。




83: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/28(木) 11:17:37 ID:EI/4bkxZ

尼子も大変だな三刀屋という爆弾を抱え込むことになって。
三刀屋もよくあっち行ったりこっち行ったりで潰されなかったな。

最後輝元に潰されたけど。




89: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/07(日) 23:03:40 ID:oPj+FTLJ

弟で新宮党の尼子久幸もなかなかの人物。




90: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/14(日) 00:08:07 ID:U8u534Xu

そういえば経久は11カ国の太守になった これが凄いのはわかるのだが実際の直轄地、そして動かせる国及び兵はどの程度だったのかね
九州北部から中国地方西部にかけて領土を広げてた大内のほうが直轄地自体は凄いのか?




91: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/14(日) 15:40:20 ID:eig2SDNw

守護に任命されるって、結局その国を支配する権利を認められたに過ぎないんだよなぁ
特にこの時代にもなると




92: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/17(水) 03:44:34 ID:AjR3SZLM

尼子経久が何故「十一カ国の太守」とよばれるようになったか
という小論文があった気がする。
で、たしかこの小論では、江戸時代、毛利元就の肖像に「八カ国の太守」と
讃えて記入された事に、当時の佐々木氏(尼子)の当主が対抗意識を燃やし
尼子経久の肖像に三ヶ国多い「十一カ国の太守」と賛を書かせたのが
始まりとか。

ちなみに尼子家が守護になった国の数は、尼子晴久の「八カ国」が最大




94: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/02/03(土) 23:34:10 ID:N/7l8ynt

>>92
八カ国は献金して将軍家に認めて貰ったんだっけ?




95: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/02/11(日) 04:16:41 ID:BS3gW6l9

>>94
たぶん、そんな感じ
でも、公認された八カ国の内、出雲・伯耆・隠岐の三ヶ国は完全支配してたし、
美作も9割がた抑えていた。因幡にも結構影響力はあった。
備前・備中は尼子方の国人がそれなりにいたので、
あながちお飾りで守護名乗っていたわけでもない。

問題は備後で、殆ど影響力がなかった。
晴久は、謀略を駆使して三次方面の国人を取り込んだが、
毛利氏・大内氏との軍事衝突に敗れて、結局勢力を伸ばせなかった。




100: 人間七七四年 2007/03/24(土) 00:52:11 ID:Ya2Fjd3H

>>92
11ヶ国の太守じゃ、全盛期の山名氏と同格になっちまうもんな。




93: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2007/01/17(水) 18:46:04 ID:iReJnrOL

尼子と大内の戦いって2万とか3万とかの数字がバンバン出てくるから互いに100万石程度の領土があったと見るべきか?




96: 人間七七四年 2007/02/13(火) 21:03:21 ID:qAosONav

>>93
中国地方は米以外の副収入がふんだんにあるからねえ
石見銀山・瀬戸内や日本海の海運交易・鉄とかね




97: 人間七七四年 2007/02/16(金) 22:20:56 ID:hatF8RH4

>>96
出雲周辺は鉄資源が驚くほど豊富。
伯耆なんかは嘗て日本有数の刀剣生産高を誇っていたぐらい




101: 人間七七四年 2007/03/27(火) 09:37:03 ID:Lys7Nzou

>>97
砂鉄を鋼に出来る木炭=森林資源の豊富さにも恵まれてる。
中国山地の分水嶺は随分瀬戸内寄りにあるので雨水はかなりの部分山陰側
に落ちるので、それと砂鉄が結びついた当時の山陰地方は屈指の「重工業」
地帯なんだよ菜。
それを行う資本=銭にも事欠かない商業と鉱業があったし。




98: 人間七七四年 2007/03/08(木) 13:37:16 ID:6i6MjiL9

あと美保関の関銭




99: 人間七七四年 2007/03/11(日) 02:25:01 ID:ksZ64/Pq

宇竜浦の事も忘れないであげてください。
鉄の生産より、鉄による舟役が重要であり
石見の銀も権力者が実際に支配をしていたのではなく
商人だがなんだかがそこの銀を大量に採取し
それに莫大な税を掛けていたっていうしね。




106: 人間七七四年 2007/05/25(金) 15:13:17 ID:gtK/5ywi

出雲は米の生産は少ないだろうから、いろいろなものが御家を支えたんだね、勉強になります




107: 人間七七四年 2007/05/26(土) 01:27:41 ID:IWRavr44

まあ、出雲が日本最大の製鉄地帯になるのは、
松江藩が保護育成しまくった以降の話なんだがな
鉄の価格が下がった時には藩が買い支えて田部家などの鉄師を守り
価格が上がった時には、上納金で利益を得て、全体的にプラスにする構図…
鉧を割る事ができるまでは鉧押し法の生産力は銑押し法の1/2程度だったそうだし
技術の発達で生産能力が上がるまで大変だったみたいね
あと高瀬川の開削とかも、表向き民間でやった事になってるが
実は、松江藩が裏で資金・資材・技術者の全てをまかなっていたり

自由競争で経済がうまくいくなんてのが、いかに呑気な考えかよく分かる

なんだか、スレ違いですまぬが




118: 人間七七四年 2007/09/22(土) 15:27:56 ID:rM/8F1xv

十一国に対する影響力はどうだったんだろう?




119: 人間七七四年 2007/09/25(火) 21:22:44 ID:7MnqMfK1

そうでもなかったと思うよ。
ちゃんと支配していたかと言うとそうでもないし。
重臣達には岡山とか与えられていたけど実質空知行に
かわりはなかったみたいだし。
どちらかというと切り取り次第と言う感じ。

危ない所(主に他国)は重臣へ、安全な所(完全に掌握している地)は直轄領。
実際11カ国といっても完全に支配できたわけではないと思うよ。




122: 人間七七四年 2007/10/10(水) 17:08:07 ID:rYPOhTE8

本当に11カ国持っていたら100万石どころじゃないだろww




123: 人間七七四年 2007/10/10(水) 17:13:48 ID:oGz26LwK

でも当時は石高がひくかったんじゃないの。大内からみたら、田舎の僻地になっちゃうし、都にもちととおいし




124: 人間七七四年 2007/10/10(水) 23:49:20 ID:UXO55ZIL

山陰地方というと古代~飛鳥以前は出雲大社もあって発展してるイメージがあるが
戦国期になると裏日本ってカンジで地味~なイメージしか湧いてこないな。





145: 人間七七四年 2008/03/04(火) 22:15:44 ID:NS7NRYr/

浅井久政は尼子氏の息子らしいけど、近江にも別の尼子氏いたの?




146: 人間七七四年 2008/03/05(水) 20:38:13 ID:7mgAneRY

>>145
近江尼子氏




155: 人間七七四年 2008/05/18(日) 12:48:52 ID:jPF7A0AG

意外と経久って武闘派なんだな




156: 人間七七四年 2008/05/24(土) 12:56:24 ID:xaawKkTK

経久のことを考えると中国を思い出す。
内側の不満を外に吐き散らす為に遠征をする経久とか。




157: 人間七七四年@全板トナメ開催中 2008/06/06(金) 14:10:34 ID:eevJyYtO

経久の時代は領国という感じではないね。
関銭などは大事にしているが。




158: 人間七七四年 2008/06/21(土) 15:05:14 ID:xNEVkueo

国人連合の盟主という感じか、経久




160: 人間七七四年 2008/06/30(月) 21:38:09 ID:jlzpEJLF

経久の人物像を掴めるものとしては、長谷川博史氏の「尼子経久論」(『毛利元就と地域社会』)が今は一番だと思う。迅速な機動力の精鋭部隊で集中的に敵のウィークポイントを突く戦術、それで得た勝利喧伝によって周辺に尼子強しと強烈なインパクトを与える戦略。




162: 人間七七四年 2008/07/10(木) 10:37:12 ID:7pzhzO6R

>>160
>長谷川博史氏の「尼子経久論」(『毛利元就と地域社会』)
あれはよかったね。
長谷川氏の尼子論は、正直 藤岡氏や米原氏の尼子論より進んでいて面白い。
三氏に尼子ネタで対談させたら凄く面白い記事になるだろうけど、対談した本人達は喧嘩別れしそうだw




161: 人間七七四年 2008/07/02(水) 03:12:54 ID:9xMeYvov

仮に経久が100歳以上まで長生きしてたとしても
尼子の未来は暗いな、基盤が脆弱すぎる




211: 人間七七四年 2008/12/12(金) 14:52:11 ID:d3UDjlZD

新宮党は柱石かもしれないが 久幸こそ柱石だわな。




212: 人間七七四年 2008/12/14(日) 02:22:59 ID:6vwcsfL6

新宮党って関東軍みたいなもんだから使い勝手が難しそうだ




213: 人間七七四年 2008/12/24(水) 15:10:06 ID:dn0kSmmf

扱いづらくても上手く使わないと 落ち目になってしまう。




214: 人間七七四年 2008/12/25(木) 21:20:24 ID:JfMRhq2z

あんまり役に立たないけど、ほっとくと本家を乗っ取りそうだしなぁ。




215: 人間七七四年 2009/01/09(金) 15:56:27 ID:bHNvEW/r

晴久では押さえられないって事か。




216: 人間七七四年 2009/01/17(土) 21:03:09 ID:bP8oBvdy

元後見人で義父の叔父だからなぁ
頭が上がらんだろ




217: 人間七七四年 2009/01/27(火) 22:36:47 ID:ardO/Qo5

隆元・元春・隆景も程度こそ軽いとはいえ、微妙な時期があったし、一枚岩の一族なんて、そうそうないんだろうな。経久の場合、一族問題の芽は、扱いが甘やかし・放任的だったからなのか、厳しかったからなのか、手がまわらなかったからなのか…?




218: 人間七七四年 2009/01/30(金) 02:58:48 ID:Y5ltAS3J

尼子の一族問題は、どちらかというと仕組みの整備に手が回らなかったことが最大の原因だろうな。
北条なんか典型的だが、当主を頂点とした仕組み、組織をしっかり作ってる。権限に
ほとんどあいまいさがない。

毛利も北条ほどではないにせよ仕組みを作ったけれど、尼子は残念ながら
そこまで手が回らなかった。




220: 人間七七四年 2009/02/06(金) 17:29:50 ID:Si5NLJyb

で仕組みを作っている最中に晴久が死んじまった




221: 人間七七四年 2009/02/23(月) 15:35:09 ID:2z0CIf21

守護じゃないけど 守護大名タイプか。




222: 人間七七四年 2009/02/28(土) 02:27:42 ID:RHpzkVhX

いや、一時期戦国期守護とか言われていたんだが(司馬遼太郎がこのネタで散々こき下ろした)、
厳密には守護大名タイプですらない。

じゃあ何かと言われると難しいが、室町と戦国の過渡期を利用して勃興した新興勢力。
守護権の利用や国人衆への宣伝・武力による威圧、奉公衆の武力制圧とか、
使える物を全てフル回転させてる感じがする。




223: 人間七七四年 2009/03/05(木) 18:10:05 ID:L/A3AV62

随分と不安定な政権だな




224: 人間七七四年 2009/03/06(金) 01:39:24 ID:LixUx5z3

そりゃ後世の目から見れば不安定に見えるだろうが、
あの当時はあれはあれでベターな選択だろ。




225: 人間七七四年 2009/03/06(金) 06:51:03 ID:UxlE/2SQ

経久がもう少し当主の力を強くできていたらな
褒められたら家宝を惜しげもなく与えるという逸話は
裏を返せばそうやってつなぎとめる必要があったということだろうし




226: 人間七七四年 2009/03/06(金) 15:45:44 ID:ttv+FX2I

まあ、経久の頃は国人一揆の延長線上としての戦国大名家の全盛期だからね。
むしろ経久~政久~晴久~義久と普通に当主早死にとかナシで行ける方が好ましいと思う。




227: 人間七七四年 2009/03/24(火) 15:44:56 ID:BPq6wHiE

政久が先に逝ったのが痛い




228: 人間七七四年 2009/04/06(月) 15:54:49 ID:1cl5h2XW

政久の死までは、経久の人生はうまく行き過ぎてるぐらいだから




229: 人間七七四年 2009/04/09(木) 01:04:29 ID:qgyhMVB3

むしろ晴久の急死するまでの壮絶な人生が圧巻だw




230: 人間七七四年 2009/04/20(月) 16:08:10 ID:Xav7C0jp

最期はだいぶ追い詰められてたね。




231: 人間七七四年 2009/04/21(火) 10:52:47 ID:Emrs+cR5

追いつめられてたっつーより、一進一退の大激戦だった
石見東部のみならず備前や因幡、備中など全戦線で。
逆にあの状態で互角に渡り合っていた事が凄まじい




232: 人間七七四年 2009/05/11(月) 15:29:43 ID:8CD9U7UB

あっと言う間に崩れた訳だ。




233: 人間七七四年 2009/05/13(水) 20:05:17 ID:z16u3n8Z

>>232
指揮とってた本人が死んだ上に、跡次いだ息子が「前線見殺し」という超愚策をとったからな。
そりゃ一瞬で崩れるわ。




234: 人間七七四年 2009/05/29(金) 14:23:14 ID:vqZhVd8+

義久君・・・。




236: 人間七七四年 2009/06/18(木) 15:15:30 ID:BjCUwj6T

義久は庇う所ないのかな




238: 人間七七四年 2009/06/27(土) 15:46:55 ID:pFZpvi9t

>>236
勝久と違って天寿を全うしたことは評価できる




244: 人間七七四年 2009/08/13(木) 02:15:23 ID:0Vxa1J1g

完全に支配してたのって出雲、、伯キ、隠岐、くらいじゃなかったけ?
石見、安芸、備後、備中、備前、美作、因幡は大半とか半分とかで
播磨はほんの一部だったらしいって何かで読んだ




245: 人間七七四年 2009/08/25(火) 14:39:49 ID:2EsYivse

国人に任せている場合が多いんだよね。




246: 人間七七四年 2009/08/28(金) 23:45:28 ID:nRo6Dj6F

石見は宇山、美作は佐世に代官をさせて統治していたが、
どっちも支配していたとは言いがたいよな。




247: 人間七七四年 2009/08/29(土) 09:18:26 ID:oHlwC1nd

東日本の尺度(織田、武田とか)で考えると違和感が出てくる
大内、尼子、毛利、大友
ここらあたりは傘下の国人による間接統治地がかなり多い




248: 人間七七四年 2009/09/09(水) 16:07:25 ID:WBeMf/eM

西国が伝統的手法で 織田や武田が革新的手法なんだ。




249: 人間七七四年 2009/09/18(金) 15:29:49 ID:1zIhVEFF

なのかな




250: sage 2009/09/21(月) 10:09:58 ID:n7cBZ8la

尼子はやや旧来のやり方であっても、晴久が割と専制的な政治制度を作ろうとはしてた

結局は急死したから未完成だったし、いかんせん補佐するべき親族が居なかったのも




251: 人間七七四年 2009/09/21(月) 11:08:22 ID:/oZ0brEQ

西国と言うか大内尼子毛利の支配領域だと東国のように面を支配することに
こだわらなくても収益が上がるからじゃね?
要は家臣団を養い大兵を運用するだけの金が定期的に確保出来ればいいわけだし
国人層をいちいち滅ぼしていては土地も荒れるし人口も減る
銀山、日本海沿いの津、瀬戸内沿いの津、鉄、木材




253: 人間七七四年 2009/10/10(土) 15:43:45 ID:wv2SAS/y

>銀山、日本海沿いの津、瀬戸内沿いの津、鉄、木材
経済面では先進的だよね。




254: 人間七七四年 2009/10/11(日) 09:03:04 ID:P8IyUS6Y

>>253
だって石高そのものが低いからね

海に面して良港にめぐまれたという面もあるが




255: 人間七七四年 2009/10/26(月) 15:56:44 ID:fMBFGtg2

西国は大陸と結びつき強いから。




256: 人間七七四年 2009/11/10(火) 15:04:33 ID:OEbZT7FW

尼子は交易という感じではあまりないが。




258: 人間七七四年 2010/01/07(木) 23:23:38 ID:BSssWhC9

>>256
義久の代の物とされる唐物が出土したし、晴久の代では銀山を
確保していたからかなり交易していたはずだよ。
隣の中国が世界中から銀をかき集めている時代だったしね。
もう少し唐物茶碗が出てもおかしくないと思う。
掘ったら出てくると思うんだけどなぁ・・・。




257: 人間七七四年 2009/12/31(木) 13:41:42 ID:DfSUZFK1

関銭で潤ってますね。




259: 人間七七四年 2010/01/31(日) 07:48:40 ID:nz/xdC9j

経済力は強いね




261: 人間七七四年 2010/02/15(月) 16:09:06 ID:GAcqhsGw

弟の久幸の実像って、いまいちわからんくない?史料が乏しいんだろうけど…
史料がそこそこ残ってる、多賀久幸とは別人なんだよね?




262: 人間七七四年 2010/02/15(月) 18:38:00 ID:Q0jfdmXz

>>261
多賀久幸は尼子誠久の嫁さん一族だから違うね




270: 人間七七四年 2010/12/05(日) 20:45:01 ID:gZ+XEMYn

>>261
尼子氏スレでも言われてたが経久が久幸に
家督を譲るつもりだったって話も怪しいもんだな。
晴久や国久がいるのに若くないであろう弟に家督を譲るメリットも薄い。




271: 人間七七四年 2010/12/05(日) 21:31:34 ID:1EWCLNxj

>>261
経久の弟ではなく、弟の子だって話も聞くけど、それも怪しい気がする。
経久と久幸は15歳差だろ?弟がいくつのときの子だよ。




275: 人間七七四年 2010/12/12(日) 13:43:55 ID:7umDmLnu

>>271
久幸の生年も怪しくなりそうだけどね
晴久ですら生年が揺らいでいるし吉田郡山城の戦いに参戦するにしては歳を取り過ぎてるような気もするし




263: 人間七七四年 2010/03/14(日) 07:36:04 ID:/QvYbBnV

同名さんだ




266: 人間七七四年 2010/06/18(金) 22:20:42 ID:kYrbY/CA

久幸は、佐々木系図によれば、経久の弟の子になっている。
年齢的なことを考えれば、この方がピッタリくる。




267: 人間七七四年 2010/10/02(土) 22:28:28 ID:4oatAeLw

>>266
臆病野州の人だっけ
爺ちゃんの弟に孫がそんなこと言うなんてスゲーと思ってたがそういう事なのか




272: 人間七七四年 2010/12/05(日) 22:04:24 ID:8+cjEmxG

清定と経久も年齢が離れすぎてるな。
嫡子誕生が48歳って遅すぎないか?




273: 人間七七四年 2010/12/06(月) 23:23:46 ID:8EaJWUev

>>272
久幸が経久の「甥」だとすると、久幸の父は経久弟じゃなくて、兄だとか?
兄が早世し、甥が幼かったので経久が跡を継いだとか。
いや完全に妄想だけどさ。でもそれなら久幸が重鎮扱いだったのもわかるかも。

あと、経久のことじゃないのでスレ違いだが、ついでだから尼子家系に関する俺の疑問。
早世したという晴久の長男(義久の兄)の母親って誰?
国久娘とは再婚なんだよな?
で、本によっては義久誕生の前前年ぐらいに最初の妻が病死、その後すぐに再婚て書いてあるけど、
そうしたら長男の母親は前妻ってことになると思うんだけど。
経久としては、興久の件があるから国久娘の子に晴久の跡を継がせたいという意図があったんだよな。
すると、前妻とその息子が都合良くさっさと死んでるのって…。




282: 人間七七四年 2011/09/03(土) 09:41:30.93 ID:EfpKbpY0

>>272
「嫡子」と言っても、嫡子になるハズだった男児が早世して
文献に残らなかった可能性もある。




274: 人間七七四年 2010/12/07(火) 18:26:00 ID:q97oXdm6

正室なんだから前妻も有力国人の娘に違いないんだろうけどな




276: 人間七七四年 2010/12/23(木) 21:25:09 ID:Zs22oUYI

一栗放牛みたいな例もあるし何歳でも戦場に出る奴は出るよ




277: 人間七七四年 2010/12/24(金) 08:10:42 ID:3fwmkIEB

一栗さんの場合は、出ざる得ない事情だったからのような気がする。




283: 人間七七四年 2011/10/02(日) 04:31:20.22 ID:PZFbyfYa

吉川興経も父元経が60歳の時の子らしいからな
資料によっては生年が10年ほど開きがあるがそれでも50歳の時の子だし




284: 人間七七四年 2011/12/07(水) 18:21:56.03 ID:HgrI5cMv

庶兄がいたのかもしれないな




285: 人間七七四年 2011/12/07(水) 21:51:45.83 ID:M68AeEmO

なぜ出雲、伯耆、石見、隠岐、因幡、但馬、備前、美作、備中、備後、播磨を支配したことになっているのか




286: 人間七七四年 2012/01/03(火) 15:59:56.41 ID:jOsgsgHW

11ヶ国の太守っていうのは誇張




287: 人間七七四年 2012/01/28(土) 16:52:04.59 ID:S71rUVKl

尼子家の全盛期は晴久の代




288: 人間七七四年 2012/07/29(日) 18:48:50.01 ID:oBulsv//

>>287
元就の計略にかかって新宮党事件を起こしたおバカちゃんがどうかした?




289: 人間七七四年 2012/08/23(木) 17:48:41.83 ID:5AtM0lgd

新宮党粛清は尼子宗家の権限強化の為だろ




291: 忍法帖【Lv=5,xxxP】(0/8:0) 2012/09/02(日) 06:19:07.31 ID:LPD4LmgG

>>289
でも親族衆を一掃したのは長期的にはマイナスだったな




293: 人間七七四年 2012/09/05(水) 14:16:13.85 ID:iRcPTVzP

新宮党粛清しても晴久が長生きしてれば問題なかったんだがな




298: 人間七七四年 2012/12/09(日) 20:15:18.30 ID:5Xh0CK5L

>>293
晴久に弟が何人かいれば、義久の補佐とかできたんだろうが・・・。

しかし、よく考えたら興久謀反、国久好き放題やらかした挙句粛清と
毛利みたいに親子兄弟協力してってことが想像できないので、
どっちにしろ詰んでる感じだなぁ。
元を正せば経久の頃からの勢力急拡張で地盤強化が遅れたのが祟っている。




300: 人間七七四年 2012/12/10(月) 18:55:32.88 ID:fDBK8xOY

>>298
>晴久に弟が何人かいれば、義久の補佐とかできたんだろうが・・・。

それを考えても政久の早世が痛かったな
逆に詮久が兄同様夭折して国久に家督が回ってきてたら尼子の歴史も大きく変わっただろうが




302: 人間七七四年 2012/12/15(土) 19:30:39.20 ID:E9BrAq7d

>>300
国久って美作の代官とか任せられていたけど、一揆とか頻発して
内政とか政治力には少々疑問符がつくんだよね。

結局、晴久が美作まで一揆鎮圧に出張ってるし。




294: 人間七七四年 2012/09/06(木) 18:03:59.96 ID:P1LhoWLQ

尼子を滅ぼした義久が長生きしたのは皮肉よの~




295: 人間七七四年 2012/09/19(水) 11:22:28.15 ID:iu9Ae0by

義久が生きてる以上、勝久の再興は成功しようがなかったな。
正当な尼子家当主は宗家の義久なわけだし、
反勝久の神輿に義久が担ぎ出されたらどうしようもない。




296: 人間七七四年 2012/10/22(月) 18:09:40.63 ID:G+upM4O4

尼子という価値がなくなった家を支持したがるかね?
支持したい奴は、毛利から冷遇されてる奴だけでしょ。
義久が対抗馬として出されるほどの事でもないと思う。
結局は毛利対冷遇された尼子旧臣+その他勢力に過ぎないと思う。




303: 人間七七四年 2013/02/07(木) 14:15:23.06 ID:8a/0Gc6L

興久の謀反が成功してたら尼子宗家を乗っ取ってたかも




313: 人間七七四年 2013/10/23(水) 14:58:30.16 ID:jtjCr3rZ

>>303 尼子興久はかなりの巨大勢力になっていたようだからね。
三男興久自害の首が送られた際、経久は相当悲しんだようだが。
興久といい国久といい、才も武もあったのだから、晴久と支えあっていれば・・
尼子兄弟的にもこの事件は、結構でかかったんじゃなかろうか。






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