みちのく瓦版

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俺様は黒田長政だ!!!!

kfjdfdd
1: 人間七七四年 2008/07/27(日) 08:15:28 ID:iHxv/qq6

数々の合戦で武功を立てた黒田長政 
だが武断派・武功派と言われるわりには父譲りの謀略もお手の物
それでも幼時はあの織田信長から命を狙われたエキサイティングな経験もあり
そしていつの間にか豊臣派から徳川派へ転身する読みの鋭さ
でも親父さんにはいつまでも子ども扱いされるちょっぴり無邪気なところも
しかし結局50万石以上をゲットしたのは名将の証
そんな愛すべき黒田長政を語っていくスレ
兜の角、でかすぎない?

Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%E7%B0%E9%B7%E6%BF
関連スレ
【智・勇魚の如き】黒田孝高総合スレ【縦横無尽】
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1154074910/






【閲覧注意】マグロ拾いとかいうガチで闇が深い仕事・・・・・・

嘘でいいのでみなさんの青春時代の思い出教えてください

【速報】長友佑都と平愛梨、デキちゃった婚へ

【闇深】 人類が今までに掘った一番深い穴がこちらです・・・・ (画像あり)

イチローが舛添を上手いこと皮肉っててワロタwwww

【画像】ライフルエアガンで小学生を狙撃した犯人の供述wwww

【北海道7歳置き去り】 七飯町役場が「陸自の捜索費用は実費です」と家族(父親)に伝えてみたらwwwwwww

406: 人間七七四年 2010/03/12(金) 23:27:30 ID:+OqLWNyH

軽薄だの思慮が浅いだの優柔不断だの音痴だの言われてもあっさり折れるけど、
武勇を否定されるようなことを言われると絶対怒るし、その辺は譲れないっぽい




2: 人間七七四年 2008/07/27(日) 08:39:50 ID:na0jPKiO

意外な人気の無さ・・・なぜなんだろう?
もっと評価されていいはず




7: 人間七七四年 2008/07/27(日) 17:20:04 ID:9ZnoZbOY

後で人気者になった又兵衛を迫害したのも不人気の一因かも。
又兵衛の子を誘拐したって何かで読んだ記憶があるけど事実なのか?




9: 人間七七四年 2008/07/27(日) 17:26:50 ID:na0jPKiO

>>7
誘拐は知らないが
仕官の横槍ってのも確かに陰気だなwww




11: 人間七七四年 2008/07/27(日) 19:27:18 ID:kjqiKUtC

長政の逸話
・父、官兵衛が裏切りを疑われ、信長は長政を殺すよう命じるが、竹中半兵衛に救われる。
・朝鮮の役の時、敵に馬から落とされるが近くにいた後藤又兵衛は助けてくれず生涯恨む。
・関ヶ原の戦いで小早川秀秋などの調略に奔走し、戦後家康を大いに喜ばす。
・父が死ぬと重臣の又兵衛を追い出し、生涯嫌がらせを続ける。

まぁ、だいたい関ヶ原で東軍に付いた武将は人気ないよね。




14: 人間七七四年 2008/07/27(日) 19:36:19 ID:na0jPKiO

カトキヨって結構人気あるけど関が原後は豊臣寄り中立的の立場だったからかな

>>11
・あれだけ尽くしたのに家康に信用されずに大坂冬の陣は江戸にステイさせられる
ってのはどう

享年56って意外と早いな




16: 人間七七四年 2008/07/27(日) 19:59:41 ID:O9CAkoCd

息子の長政も、敵の多い、癖の強い人間だったが

なにげに父親も、秀吉の時代から結構嫌われてたり、警戒されてたりしてた。




19: 人間七七四年 2008/07/27(日) 20:28:11 ID:TCcKNZrb

兜の前立ててお好み焼きでも焼いてろよ




21: 人間七七四年 2008/07/27(日) 20:31:40 ID:9ZnoZbOY

母里太兵衛を手討ちにしようとした逸話もあったな。
これはたしか長政の子に太兵衛が「父親みたいな猪武者になるな」って
意味の事を言ったのが原因だったと思うが。




32: 人間七七四年 2008/07/28(月) 20:31:06 ID:Qn+0P7hm

>>21
息子の万徳丸の袴着の時万徳丸が懐いてた母里太兵衛が
「父様よりは武辺をしなさい」と激励したことに怒ってその場で脇差を抜き手討ちにしようとした。
その体勢でギャンギャン口喧嘩(悠長ですね)してるとこに栗山備後が駆けつけてことなきを得た。
出典は古郷物語。

本人の言い分を見ると、父より「は」と言われたことが気に食わなかったらしい。
俺の武勇に不足があると思ってそういう言い方をするのかと。
もしかしたら「父より能くし給へ」と言っていれば怒らなかったのかもしれない。
しかしその後母里が盛大に論点をずらしてるので真相は闇の中だ。

初めてこの逸話をかいつまんだものを読んだ時、原典にあたればもう少し
長政を弁護する余地があるかもしれないと思った。
しかしこの男ときたら本当にその場で刀を抜いて、数えで四歳のあどけない
我が子の前で、子がじいと慕う老臣を成敗しようとしやがった。

そしてはじめは母里太兵衛のことを、何の気なしに言った言葉が気に障った
からといって殺されかけるなんてとんだ災難だったなと思っていた。
しかし母里太兵衛はそんなことで同情されるようなたまではなかった。
こいつが激昂する長政を鼻で笑ってあさっての方向を向きながら
「あーあ変なことで怒ってる人がいるよ、変な人がいますぅー」とか
言うから収拾がつかなくなるわけで。

これに限らず古郷物語における黒田長政と母里太兵衛の関係には
口の達者な小学校高学年の弟が大人げの全くない中学生の兄に対して
青筋をたてているような非常な微笑ましさがある。
活字化しているし、高校で古文をやったきりの人間がだいたいの意味が
とれるくらいなので文体も読みやすいと思う。
未読の人には一読をお勧めしたい。

まあようするに子供のけんか。




34: 人間七七四年 2008/07/28(月) 21:02:42 ID:Q8q+m168

>>32
父親とは似ても似つかない短気だなww




22: 人間七七四年 2008/07/27(日) 20:33:12 ID:na0jPKiO

細川忠興と雰囲気が同じ感じに思えるのは俺だけか
性格とかそういうのじゃなくて、なんとなく雰囲気的なものが
あと父親がどっちも大物だし




39: 人間七七四年 2008/07/30(水) 00:41:47 ID:2rkYiaiK

関ヶ原での槍働き自体は奮闘は認められるけど特に抜きん出てはいない程度。
身内が地元で勝手に起こした軍事行動はむしろマイナス要素。
これを踏まえて、18→52万石、34万石の加増の根拠を探すとしたら、調略くらいしかないという道理。




40: 人間七七四年 2008/07/30(水) 00:52:52 ID:j5tO9guO

黒田隊もいた集団が石田隊単独に対してなかなか押し込めなかったということだよね
それで黒田隊が横に回って島左近を狙撃して~ということらしいけど
何かではその横回りは無かったとか書いてあったなあ

合戦の真偽って結局は結果しか分からないもんだね




42: 人間七七四年 2008/07/30(水) 06:55:55 ID:6SBNbExn

長政は関ヶ原の時だけ輝いているよw
他は愛すべきヘタレ




212: 人間七七四年 2009/07/24(金) 20:51:06 ID:BCJFDPJj

>>42
>長政は関ヶ原の時だけ輝いているよw
>他は愛すべきヘタレ


朝鮮出兵の時の活躍を忘れないであげてください。




221: 人間七七四年 2009/07/25(土) 18:06:56 ID:vIqodpYA

>>212
朝鮮出兵もっとメジャーになればいいのに
黒田長政の活躍も知れ渡るのはもちろん
(でも長政って朝鮮出兵でもちょっと地味かもしれないポジション的に)
サムライ海を渡るって感じで失敗談とか含めて面白いのに




43: 人間七七四年 2008/07/30(水) 09:39:28 ID:9PL7K/2m

東軍が押し込めなかったのは石田が大砲を大坂から
ひっぱってきたのでうかつに近づけなかったというのもあるのかも
勿論それを差し引いてもあれだけ粘れたのは凄いと思うが
横周りについてはこの頃否定してるのを見るが、元々
当時の史料には確か記述自体ないんだよね




47: 人間七七四年 2008/07/30(水) 18:27:44 ID:j5tO9guO

>>43
それまでごく普通に“定説っぽく”言われてた話がいきなり否定されてる時代だしね
正直、何を信用していいのか分からなくなってもいる




46: 人間七七四年 2008/07/30(水) 13:31:22 ID:U9+VG91p

この人の嫉妬深いようなところも含めて好きだ。
素晴らしい能力の持ち主なのにヘタレっぽいエピソードが多いのがたまらなく良い。




49: 人間七七四年 2008/08/02(土) 00:59:30 ID:LRjB7IxU

立ち読みしてきたが
福島とのこととか、小早川裏切りなどの裏工作については
朝鮮の頃とか過去の話に遡って関係を調べれば
特に不思議はないとのものを見たよ
そういう部分を活かしたところが父親より家康に似てるなと




52: 人間七七四年 2008/08/02(土) 10:10:50 ID:z6c46pBx

>>49
手近から手をつけていくのは調略の基本なのではないんだろうか
どっちに似てるってもんでもないんでは
福島はともかく毛利・小早川は親の代からのつきあいがものを言ってる感じだし
特に長政の働きは如水との親子二代を通して見た方がいいと思う

で、なにを立ち読みしてきたの?面白い?




53: 人間七七四年 2008/08/02(土) 11:28:54 ID:KWbdR4fo

福島正則の性格を熟知してるところなんて秀吉時代からのものなんだろうなあと
言葉の端々で煽ってたんじゃない?三成をどんどん憎ませるように
そういう人間の性質とか感情を操作するところが家康に近いかなと思った次第
孝高は時代も時代だったから直接な戦の方にその力が向いてた気がする
・・・と書きつつ黒田家ヲタクじゃないからかなり間違ってるかもwww

本はよくある歴史コーナーのもの
相変わらず否定された通説が書かれてるのもあるのは困ったもんだが
研究者が研究に研究を重ねた字ばっかりのじゃないよw




79: 人間七七四年 2008/08/27(水) 23:44:50 ID:FL4IeLUN

長政の辞世の句って読んだままに解釈していいのかな?↓
このほどは うき世の旅にまよいきて 
いまこそかへれ あんらくの空




83: 人間七七四年 2008/08/30(土) 16:27:07 ID:61QiMwTI

疲れた。寝る。
ですか?>ストレートな解釈




84: 人間七七四年 2008/08/30(土) 19:58:11 ID:sqeIGgT3

>>83
吹いたが案外その通りだなW
如水とは印象が真逆になる




85: 人間七七四年 2008/08/31(日) 07:43:58 ID:LxCyGqsL

この世でやることはあらかたやり尽くしたし
あの世でも見に行ってくるかな、まあなんとかなるっしょ

って感じか>親父




86: 人間七七四年 2008/08/31(日) 11:12:24 ID:jNlAAZ65

ちょっと若いよな、死んだとき
息子を教育不足の感もある




87: 人間七七四年 2008/08/31(日) 14:13:08 ID:AiB72hFs

時代を考慮してもそんな長生きとは言えないかもね。平均値には届いてると思うけど。
息子は生まれたのが遅かったから…数えで35の時の子か。
長男は廃嫡する気満々だったって逸話は多く残ってるけど、最終的にそこまでしなかったのは、
やっぱり自分の死期を悟ったからっていうのも大きいのかなあ。
次男が長男と八歳差だったよな?(側室の子供はさすがに除外だろうし)




88: 人間七七四年 2008/08/31(日) 15:23:53 ID:jNlAAZ65

身分的にいい物を食ってたのか武将って意外とそれなりの寿命が多いと思う
今の時代だから健康には質素な食事の方がいいって言われるけど
現在が過剰なだけだからねえ
昔の身分が低い人たちの質素とは根本的にレベルが違うと思う




89: 人間七七四年 2008/09/02(火) 18:05:55 ID:sspRg7PE

「長」は信長の「長」らしい
一旦自分を殺そうとしたのに・・・




90: 人間七七四年 2008/09/02(火) 18:37:21 ID:7rRwSSkP

>>89
信長なりに気をつかったんだろ




91: 人間七七四年 2008/09/02(火) 18:52:06 ID:sspRg7PE

例のごとく、さすがの信長もものすごく申し訳なく感じていた、という逸話は残ってる




92: 人間七七四年 2008/09/02(火) 18:55:20 ID:6hL/HelI

>>91
信長はそんなのばっかりだな




101: 人間七七四年 2008/09/18(木) 03:20:01 ID:Ix0FBbqy

黒田長政と聞くと兜レーダーを思い出す今日この頃




133: 人間七七四年 2009/01/15(木) 20:33:06 ID:vK3O/6/q

黒田長政ほど、有能な能力を持ってるのに性格が面白い武将も珍しいな。
非常に可愛げがある人だ。




147: 人間七七四年 2009/02/23(月) 01:16:46 ID:ijvuXrG1

>>133
>性格が面白い武将も珍しいな
いや、黒田家の天敵の、嫁・長男・大工w虐待男にして茶人のホソカワンには
負ける(この場合負けた方が名誉なんだが)




163: 人間七七四年 2009/04/15(水) 21:47:42 ID:r4PBmQvy

>>147
黒田長政君は愛嬌があるじゃん。

細川忠興君はいくら何でも怖すぎww




134: 人間七七四年 2009/01/15(木) 23:09:35 ID:pZvf7JSJ

後世に音痴であることを面白い逸話つきで大々的にバラされるなんてなw




138: 人間七七四年 2009/01/31(土) 16:32:17 ID:xCVKnSjq

>>134
可愛いじゃないか




139: 人間七七四年 2009/02/14(土) 02:26:10 ID:Ndqdr2zH

長政って戦国の世をよく生き延びたねぇ
馬印で位置が目立つ大将のくせに前線に出たがるし
日本や朝鮮で死にかけた事は一度や二度じゃないし
普通なら死んでるわ、ある意味運も味方してた武将だよなぁ・・・




141: 人間七七四年 2009/02/14(土) 13:25:05 ID:LXsdYfAo

>>139
それで嫌味言われたことなかったっけ
同じような感じの井伊直政の方だったかな
ただし直政はそれで銃弾に倒れたんだけど




142: 人間七七四年 2009/02/20(金) 14:52:47 ID:jQJZh8VT

>>139
「敵に討たれるようなら我が殿ではない」




144: 人間七七四年 2009/02/21(土) 10:04:23 ID:eH4LYXvt

フロイスからも「ちょっと変わってる」って言われてるからな




152: 人間七七四年 2009/02/23(月) 22:10:40 ID:NgxoKUC5

頑張ってるわりにはまわりから大事にされてなさそうなのが泣ける。
それと忠興にぼろくそ言われている件については、現存史料の圧倒的な差に押しつぶされている感がある。
何百年も経つと、日記書いた人と手紙魔には勝てない。




153: 人間七七四年 2009/03/08(日) 23:09:06 ID:VPg5nRMn

>>152
忠興は有職故実とか過去の歴史に詳しかったから、未来の人が
細川を支持するよう色々書き残したのかもしれん、あの男なら…
 黒田家は大きなお家騒動があった時、長政絡みの記録で藩に都合の
悪いものは廃棄したからと推測されるから、現存文書細川>黒田になったと思う




184: 人間七七四年 2009/05/20(水) 00:52:39 ID:0rIHoNzd

長政は猪武者でもちょっと知恵のある猪武者だからなぁ
福島正則のよーにバカに徹していればかわいげもあるんだが


あと、知恵では親父様に敵わないけど
人を見抜く眼力とかは父親を凌いでたかもしれん
なにしろ関ヶ原では寝返り出来そうな武将をがっつり引き込んだし
嫡男の将来を見越して坊主か商人にして嫡廃しようとしたしな

それに比べ親父様はこれと思った秀吉には冷遇されるし
仲の良い小早川隆景が、心の底では官兵衛を警戒していたし
なにより息子が思ってたより出来の良いのを見抜けなかったもんな




187: 人間七七四年 2009/05/20(水) 09:24:11 ID:HL13XFx0

>>184
荒木村重を信用して説得に出かけて捕まっちゃったというのも入るんだろうか
これの事件の流れで、長政は人を信用しないというか、
人の心理を深く読む性質になってしまったことはありえるだろうか




186: 人間七七四年 2009/05/20(水) 09:19:58 ID:HL13XFx0

変わった見方をするもんだな




188: 人間七七四年 2009/05/20(水) 09:24:55 ID:xs+DAoDx

黒田屏風 戦国のゲルニカって言われてる「大阪夏の陣」の屏風
一般市民の悲惨さ、豊臣の敗残兵が手を合わせて命乞いする
そんな屏風を作らせた長政を見直した。
徳川に気を使ってばっかりじゃあれは作れないよ。




189: 人間七七四年 2009/05/20(水) 09:39:37 ID:XfgohcTj

>>嫡男の将来を見越して坊主か商人にして嫡廃しようとしたしな
これが原因で長男と三男が仲違いしてややこしいことになったんだがな
長政も栗山大膳の讒言なんざ聞かなきゃよかったのに
>>それに比べ親父様はこれと思った秀吉には冷遇されるし
長政も大阪の陣で家康からハブられてるぞ?仮にも義理の息子なのになw
>>仲の良い小早川隆景が、心の底では官兵衛を警戒していたし
・・・長政の心の友って、いたっけか
>>なにより息子が思ってたより出来の良いのを見抜けなかったもんな
それだったら20そこそこで家督譲ったりしねーだろ
まさか古郷物語とか出所不明のお前の左手は~の話から判断してないよな?

あと福島正則なんかと比較するなよ




216: 人間七七四年 2009/07/25(土) 02:21:00 ID:iJiKuPz5

長政は表裏のない喜怒哀楽のハッキリした性格っぽいもんなぁ
まぁ、そう言う性格だから武断派の面々とは馬があったんだろうが




222: 人間七七四年 2009/07/25(土) 18:10:00 ID:abgky5CG

朝鮮ネタで一番有名といえば又兵衛のスルー話だもんなw




223: 人間七七四年 2009/07/26(日) 00:39:04 ID:FoEyMhje

>>222

又兵衛が主人を屁とも思ってない証拠だよなw
下手すりゃ主君見殺し、手打ちにされても文句は言えない行為だろ
又兵衛派は長政を狭量だとか非難するが、例え表向きであってもそれらの行為を許し
功績を評価して万石与えて城も預けたのに勝手やって逐電されちゃね、奉公構も当然だろう





224: 人間七七四年 2009/07/26(日) 11:40:32 ID:V0hirnCQ

いやいくらなんでも>>222の逸話はお話の域を出ないだろ
家臣が主君を軽んじて不和になるってよくある話だけど
それにそんなに有名かなあ
黒田長政の朝鮮での逸話で一番有名なのって虎狩りか小西救援とかその辺でないの




225: 人間七七四年 2009/07/27(月) 22:15:11 ID:UaJmd/wh

>>222
朝鮮以外でもどこかの戦で川に落ちながら戦っていた気がするんだが冷静に考えると鎧つけながら水中で格闘ってすげぇよな
確かその時長政は腕に傷も負っていたはず




226: 人間七七四年 2009/07/31(金) 00:07:16 ID:GaO+oML2

大将自ら組打ちで傷を負うって本人に取っちゃ武勇伝でも
家臣にしてみれば普通に恥だよな。




227: 人間七七四年 2009/07/31(金) 00:09:31 ID:nLX4qgL4

>>226
井伊直まs…

おっとこんな時間に誰か来たようだ




228: 人間七七四年 2009/07/31(金) 01:41:30 ID:j+NmNdna

大坂冬で江戸待機させられてたのは
そんなにも信用無かったのかと驚き




236: 人間七七四年 2009/08/09(日) 20:25:09 ID:U6E4nRoP

特徴は十分なのになぜか華のないのが長政。

そんな所が好き。




268: 人間七七四年 2009/10/15(木) 20:16:42 ID:IVid5+oW

奉公構えとか陰湿すぎる




269: 人間七七四年 2009/10/15(木) 21:06:56 ID:hnBuPMoJ

陰湿かも知れんが又兵衛自身
長政を主君と思わぬ言動を何度も繰り返してるからなぁ
朝鮮ではあやうく見殺しにされそうになったし
長政自身積もり積もったものがあったんでしょう




270: 人間七七四年 2009/10/16(金) 10:29:17 ID:Vjv+aWJE

確執があったのは確かとしても、又兵衛の言動はあくまで
説話伝承レベルの話だからなぁ……。
理由はどうあれ確かな証拠として残るのは執拗な奉公構え
の事実だけだから分が悪いのは確か。




289: 人間七七四年 2009/12/08(火) 23:13:39 ID:kQjjiCKQ

黒田家譜に"長政の死を聞く人惜しまずといふ事なし。"って書かれてるのに嫌われてるとか言ってる奴はなんなんだ




293: 人間七七四年 2009/12/09(水) 02:16:17 ID:ah2zM46N

>単純に「この人ダメだなー俺が付いててやらないと!」なタイプだったんじゃね?

長政は大将のくせに先頭立って突っ込んで行くタイプだから
案外部下も「この人超ヤベェw、おっし、俺も行くべぇw」的な
体育会系の部活のノリだったのかもな、で、又兵衛の方はそのノリが合わなかったとか




299: 人間七七四年 2009/12/10(木) 00:33:28 ID:5pjqcEKF

長政の地味さというかぱっとしない感じは、他の大名に比べての人格者エピソードもなければ
某四天王辺りみたいな突き抜けたDQNさもないからなのかもしれない
いろんなエピソード見る限り、良くも悪くもどこにでもいそうな二代目なんだよな




300: 人間七七四年 2009/12/10(木) 00:58:09 ID:3FNlqmwr

いやいやいや
関が原で全開した謀略っぷりは見事なもんだと思うぞ
孝高にまったくひけをとらない戦略眼
いったいいつどこであれを身に付けたのか
家康もそこを見ての加増だったし
ただ武力面で石田隊にてこずったのはちょっとアレwww

どっちかというとエピソードでは、脇的な部分があるけど
それも長政がいてこそのものだしね
信長に殺されそうになった件も主人公は竹中だけど、長政が居ての話
又兵衛との一件も主人公ではないがやはりそこに長政
「そのときお前の左手は~」も主役は孝高だがしっかり長政がいる
そこにこの人物の面白さがある




301: 人間七七四年 2009/12/10(木) 03:57:16 ID:LKNYtJog

>>300

>ただ武力面で石田隊にてこずったのはちょっとアレwww

そこは致し方ないんじゃないのかな?
当時の黒田は実質16万石とは言え中津の12万石
対する石田隊は20万石に代官地を加えると近江に27万石
しかも相手は島左近指揮する石田隊の主力部隊

長政は関ヶ原では無理して石高超えた動員かけて出兵したけど
それでも戦力に開きがあった事を考えると長政良くやったと言えるよ




302: 人間七七四年 2009/12/10(木) 08:32:57 ID:nNRGNF/w

同じように宇喜多に苦戦した福島も似たような事言われるよな
兵力差見れば当然なのに




303: 人間七七四年 2009/12/10(木) 17:43:24 ID:jvvoUAfs

福島は猛将のレッテル貼られてる分、そのあたり強く言われるよな




325: 人間七七四年 2010/01/14(木) 02:00:12 ID:skIQgreC

関が原でも長政が活躍したのは下準備だったからなあ
でも俺はそこが気に入ってるんだけど




326: 人間七七四年 2010/01/14(木) 02:04:28 ID:rYDXM0Cp

本戦でも一応島左近を討ち取ったのは黒田隊だし、同行していた竹中重門が小西を生け捕りにしてるし




327: 人間七七四年 2010/01/14(木) 21:07:01 ID:skIQgreC

>>326
でもそれって一般的には地味ネタの方だと思う
井伊・松平抜け駆け、福島vs宇喜多、石田隊奮戦、小早川裏切り~辺りと比べるとどうしても
それと黒田隊の狙撃も実際は無かったんじゃないなんて話まであるし
でも俺はそれでもいい、謀略戦での主人公としての立場が揺るがなければ!




328: 人間七七四年 2010/01/16(土) 18:30:36 ID:5TEeMoQe

長政と一緒に会津行ったのって後藤と黒田一成ぐらいで
重臣たちの多くは本国残留なんだよな




329: 人間七七四年 2010/01/17(日) 01:44:46 ID:bIOxxW85

孝高の代の重臣は九州残留って感じでないの
栗山とか母里とか井上とか叔父さん'sとか
家臣も孝高の家臣の方が有名なだけで長政の代の家臣のめぼしいのは
会津征伐従軍してると思う…




332: 人間七七四年 2010/01/17(日) 02:40:10 ID:GvU6D5Kc

>>329

栗山と母里は九州残留と言うか
京都伏見で夫人の護衛という別任務に当たってたからな
残留というか任務遂行後に本国隊と合流したと言う感じだな




330: 人間七七四年 2010/01/17(日) 01:54:38 ID:yKTpsglp

又兵衛は長政が望んで呼び戻したわけだし、美作も長政の弟みたいなもんだしな
しかし、実際のところ、長政は如水の九州平定作戦をどこまで知ってたのかね
如水が本当にそういう野望を持っていたのかはともかくとして




331: 人間七七四年 2010/01/17(日) 02:23:51 ID:zlKURTly

あの親父のことだからそりゃ黙ってただろうなあ
何か話しちゃってたら長政の行動に躊躇が見られたと思われ




334: 人間七七四年 2010/01/21(木) 20:23:48 ID:TmjMYYnT

如水は好きだが、長政は嫌い
蜂須賀正勝の娘を己の出世の邪魔として郷に追い返した鬼畜




336: 人間七七四年 2010/01/21(木) 21:16:00 ID:KCFxFn9V

>>334
その件については弁護しがたいなw
いくら結婚して十五年くらい?女一人しか生まれなかったと言っても
側室に生ませるなりなんなりあっただろうし
しかしあの段階で蜂須賀を捨てるとは思いきったよな
継室は黒田家に男を三人も恵んでるし、この事はたぶん現代想像する
以上に黒田家の気持ちを徳川に近づけたんだろうなあ




337: 人間七七四年 2010/01/22(金) 02:12:07 ID:Fdk/36Rb

すごく基本的な質問で悪いのだが、当時正室を継室に下げることはできなかったのか?
蜂須賀って関ヶ原では徳川に味方しているし、わざわざ離縁することはなかったんじゃないかと思う




338: 人間七七四年 2010/01/22(金) 02:13:26 ID:Fdk/36Rb

×継室 ○側室 だった
すまん




339: 人間七七四年 2010/01/22(金) 03:18:19 ID:/nIcN1bl

側室というのは形の上では単なる使用人であって妻でも何でもない
よって下げるも糞もない




342: 人間七七四年 2010/01/23(土) 00:18:04 ID:84IoTi9a

形の上ってことで
実際はあちこち大名家で跡取りも産んでるよね




343: 人間七七四年 2010/01/23(土) 00:25:05 ID:q2Fm7etm

津軽家に嫁いだ石田三成の三女の辰姫が徳川から満天姫が嫁いできたから側室に降格してるらしい
ただ、辰姫の場合は実家がないから側室の座に甘んじたんだろうが、有力大名の妹ならそんな扱い受けるくらいなら離縁だろうね
長女がもうちょっと成長してたか、熊之助が存命なら、わざわざ長政が徳川から嫁貰う必要はなかったろうね




348: 人間七七四年 2010/01/24(日) 23:38:20 ID:AmIcSyB9

ふと思ったんだが、長政の離縁は再婚するためというよりは、
家康が黒田と蜂須賀が縁戚なのを嫌がったというのもあるんでは?
共に秀吉側近から成り上がった家だし、子飼いあたりよりも扱いにくそうなタイプだし
長政が離縁した後に例の三成襲撃事件があるのが妙に気になる
蜂須賀家政が加わってたのはほぼ間違いないようだし




349: 人間七七四年 2010/01/25(月) 00:45:13 ID:MzNOMe0h

>>348
そこんとこもう少し詳しく

それはそうと子飼いの方が豊臣親戚筋だから大変なんじゃない




350: 人間七七四年 2010/01/25(月) 01:02:59 ID:Y0s8Fr24

>>349
豊臣と縁戚なのが面倒なんじゃなくて、立場の近い有力な大名同士が縁戚なのが嫌なんじゃないかと
蜂須賀と黒田は豊臣政権では外交の要で立場的に近いし、
なんとなく見過ごされそうだけど、豊臣政権下での黒田の嫡男と蜂須賀の娘の婚姻は
かなり重要な意味があったんじゃないの?

よく比較される細川さんところの長男廃嫡騒動も発端は、家康が細川と前田の縁戚関係を嫌がったから、
忠興が長男に離縁を迫って大喧嘩ってのが本当のところらしいし(前田家も離縁してほしかったみたいだし)
家康は自分で有力大名と縁組をする以上に、秀吉の組んだ縁談を潰してまわってたんじゃないかと




351: 人間七七四年 2010/01/25(月) 01:12:56 ID:MzNOMe0h

>>350
そういう意味の面倒さね

そこに付け込んだ家康の知恵の回り具合と
それを理解した黒田家は
悪代官と越後屋みたいだw
おかげで黒田家は大きくなったわけだし





352: 人間七七四年 2010/01/25(月) 10:59:09 ID:Y0s8Fr24

蜂須賀もかなり親徳川で、長政が再婚したのと同時期に蜂須賀至鎮が家康養女と結婚してるから、
黒田側の一方的な離縁じゃなくて蜂須賀側も歓迎してたのかもしれないなってことで
まあ、結局のところ男どもの勝手な思惑で、嫁や娘にとってはろくでもない話だけどさ




361: 人間七七四年 2010/01/28(木) 13:20:49 ID:eXU7/8BH

細川忠興の書状見たら長政とか黒田家について悪口書きまくっててワロタw
忠興→長政に関する言葉はよく聞くけど長政→忠興はないの?




362: 人間七七四年 2010/01/28(木) 19:14:29 ID:5cwGUUlt

黒田家文書買うだけ買って全部読み切れてないけど、それらしいのは見たことないなあ。
どこかには残ってるかもしれないけど、どっちにしても細川とは頻度からして違うんじゃないか。
まあ細川みたいに細かい内容の書状が大量に残ってる方が珍しいし。
当時から無視してたわけじゃないだろうけど。




367: 人間七七四年 2010/01/29(金) 19:29:07 ID:0M21OBP4

>>362

もしかしたら秀吉から貰った書状を
半兵衛が官兵衛の目の前で燃やしてしまった経験から
官兵衛&長政は重要度の低い書状は破棄する様にしていたのかもな




368: 人間七七四年 2010/01/29(金) 22:14:43 ID:B03sDK/7

>>367
黒田騒動のどさくさに処分したんでないか?
それにしても、長政の子らは揃って悲惨やね
兄弟喧嘩やらお家騒動やら発狂した旦那に斬殺やら




369: 人間七七四年 2010/01/29(金) 22:23:45 ID:RVvHOFDa

>>368
あれだけあって黒田家が存続したのが奇跡だなw




371: 人間七七四年 2010/01/29(金) 23:37:39 ID:0M21OBP4

>>369

>あれだけあって黒田家が存続したのが奇跡だなw

これも憶測だが長政は関ヶ原の合戦前に西軍の調略等で東軍勝利に貢献した様に
関ヶ原の後は黒田家存続の為の政治工作を行い続け、あちらこちらに根回ししていたのかも知れん
そうでなけりゃ忠之みたいな出来の悪い二代目に幕府が52万石の存続許すとは思えん




363: 人間七七四年 2010/01/28(木) 22:59:08 ID:cA8YKFfD

先に喧嘩売ったのは長政だからしかたない
つか、あのへんとは派閥(細川島津立花藤堂伊達?)が違うよね
長政の頃は鍋島とか両加藤とか池田とか浅野とかあの辺か?
蜂須賀とは絶縁してるし、毛利ともさすがにつき合えなさそうだし




364: 人間七七四年 2010/01/29(金) 01:35:43 ID:RVvHOFDa

何かの本で関ヶ原後に周囲から総スカン食らっていた吉川広家にまともに応対していたのが
黒田長政だけだった みたいな内容を読んだような気がする




365: 人間七七四年 2010/01/29(金) 02:36:55 ID:cnrCU741

逸話の範囲だと思うが、三成との話もあるぐらい
情のメリハリがあった人物なんだろう




370: 人間七七四年 2010/01/29(金) 23:21:47 ID:cnrCU741

でも家康のお墨付きは無かったよなあ、それで残ったとは
どこかの家では改易レベルの不祥事があったのに
家康の「潰してはならん」という書状のおかげで助かったところがあったよね




372: 人間七七四年 2010/01/30(土) 00:08:39 ID:45OIWUmX

黒田家が取りつぶしに合わなかったのは加藤さんちの忠広くんのおかげじゃね?
1932年に加藤家改易になってから、そのあとにどの家入れるかそうとう苦慮したみたいだし、
そこに細川さん突っ込んだから、黒田家の後釜になるような家もないし、
西国大名は島津毛利の押さえみたいな立場も強いから、あんまり大藩組み替えるのも大変なのではないかと

もちろん長政が必死で幕府に媚びたおかげもあるだろうけど




375: 372 2010/01/30(土) 14:31:12 ID:45OIWUmX

1932年てなんだ……
1632年だ




373: 人間七七四年 2010/01/30(土) 02:33:32 ID:XdLqkiIW

似た者の池田テルなんかもそうだよね(毛利の抑え)
家康の娘とせっせと子作りに励んだのも一緒だ




377: 人間七七四年 2010/01/31(日) 10:31:53 ID:3G5+lXxN

>>373
その池田の息子に殺されたんだよな、長政の娘




391: 人間七七四年 2010/03/07(日) 22:36:05 ID:gjMhGE4X

菊池寛の「栗山大膳」なる伝記?を読んだら、
大坂の陣の後にベテラン大名が東山(だったかな?)に集まって打ち上げ会みたいなことをやっている時に
藤堂高虎の言葉にごろ寝をしていた長政がキレて口論になった
(その時大膳は部屋の外で殿の加勢をしようと臨戦態勢になっていた)
みたいな話があったんだけど、これって菊池寛の創作なのかな?それとも出典あるのかな?

藤堂と喧嘩したことよりも、喧嘩の原因が「俺はお前らなんかよりも武功あるもんね!馬鹿にすんな!」だったことよりも、
それまでごろ寝していたという部分が気になってしまったんだけどw




392: 人間七七四年 2010/03/07(日) 23:48:49 ID:aGncndeo

>>391


  _,,..,,,,_
/ ,' 3  `ヽーっ
l   ⊃ ⌒_つ
`'ー---‐'''''"




393: 人間七七四年 2010/03/07(日) 23:58:57 ID:DpoVhBSg

長政は座敷に伏せる癖があった・・・という逸話を見たことがある。




397: 395 2010/03/09(火) 22:54:07 ID:DSjopn3i

栗山大膳関連かと思って見当違いなとこ探してた
出典は黒田年譜巻之十四だ
幕藩体制の新研究って本に引用されて載ってたんだった
「枕を高うして酒宴」「各人は枕を投げだして」とあるんだが、当時の人はもしかして
枕持ち込んでごろごろしながら酒を飲んでいたのかね?

しかし長政の切れるところはいつもながらわからんな…
大坂落城後に、藤堂高虎が「今度の戦は特別変わった事はなかった」って言ったらしい。
ものの本によると、これは「楽勝でしたw」という武功自慢ともとれるらしい。
だからってそこでなんで
「俺の武功馬鹿にしてんのか、今回は上からの命令で活躍できなかっただけなんだよ!
自分はちょっと働いたからって、俺に聞こえる所で変わった事なかったとか言いすぎだろ!
なんとか言ってみろよ!」
って怒るんだよ。
「俺が思う存分戦えてたら、目を驚かすような大活躍を見せてやれたんだよ畜生」ってことか。
だからって刃物まで持ち出して言う事なのか。
なんかずれてんだよな…もしかしてこいつ酒乱じゃねーの。




398: 人間七七四年 2010/03/09(火) 23:14:15 ID:DSjopn3i

だめだやっぱり意味わからん。教えてエロイ人

藤堂「されバ、いつれも聞給へ、此度の一戦に付てもつらつら武勇の事を考ふるに、世間にさして
勝れてかはりたる事もなきものなり」
(これを長政は「皆さんあまり目覚ましい御活躍はされませんでしたねwwwww」と解釈したのか)

「①これ佐渡殿、②我らは幼少の時より秀吉公に従ふて、中国・西国所々の戦場にて自身手を砕き、
力を尽し、殊に朝鮮に在陣する事前後七年、いつも江南人と出合、身命を捨て相戦ひ、忠勇を
秀吉公に尽し、関ケ原にても又戦勇をあらハす事、各しり給へる所なれハ今くわしくいふに及はす、
③如此にしてさへ我武功を尽すに足れりとおもハす、④此度大坂にて手をふさがさる事ハ、公方の
御下知ゆへなれハ力及ハす、⑤然るに貴殿、今度の戦に手を合せしとて、此長政か聞く所にて
世間に替りたる事なしとハ何事そ、是はなハだ過言也、いまたいふことあらハいはれよ」
(①てめえ藤堂
②(延々と自慢話)
③俺はもっとできる子
④今回できなかったのは秀忠のせい
⑤自慢か死ね
⑥文句あるならやってやんぞコラ)

…でおk?
この後周囲が止めたのと、高虎が反駁しなかったせいで場はおさまったそうだ。
スルーって大事だな。




411: 人間七七四年 2010/03/14(日) 03:46:02 ID:zDqCbpdJ

>>398

もう50近い、いい年したおっさんが言ったかと思うとなんだかなw

まあそんな長政が好きだ。




425: 人間七七四年 2010/03/26(金) 00:15:31 ID:hWOV42Rw

>>398
本当にどうでもいいことなんだけど、大坂の陣の頃には藤堂さんは和泉守だよね
長政は酔ってたから、昔のくせで「佐渡」と呼んでたのかな




399: 人間七七四年 2010/03/10(水) 00:00:04 ID:tHvxhahQ

酔っ払っている人間の言動を真に受けていいのか迷うな
長政だから素面でもこういうこと言いそうだしw




400: 人間七七四年 2010/03/10(水) 00:15:46 ID:nZyQY+pT

太兵衛と凄いくだらないことで斬り合いのケンカになりかけた男だもんなw




403: 人間七七四年 2010/03/10(水) 18:53:39 ID:nZyQY+pT

藤堂高虎は隣国の細川忠興と仲良かったそうだから
その点でも反りが合わなかったんだろうな




405: 人間七七四年 2010/03/12(金) 23:09:55 ID:+OqLWNyH

長政のキレどころはわかりやすいと思う




410: 人間七七四年 2010/03/13(土) 01:02:54 ID:ms21nn16

>>405
武功を疑われたと思ったら速効切れるのはわかるんだけど
なんか「それ相手はそういう意図じゃなくね?」ってとこで深読みして勝手に切れてる気がする




412: 人間七七四年 2010/03/14(日) 10:10:18 ID:8iV1vwF+

長政もあんな絵を描かせるくらいに十数年ぶりの大戦に張り切ってたのに(又兵衛のこともあるし)
殆ど出番なしで不貞腐れて飲んでたんじゃないの?
藤堂は外様のくせに先鋒で暴れまくったからうらやましかったんだろう




413: 人間七七四年 2010/03/15(月) 00:57:01 ID:b4Pq0ELh

大坂のことだよね
そもそもなんで家康が長政を疑ってたのかからして謎
なんかやらかしたんだっけ・・・

書いてるうちに何かやっちまったことがあったような気がするwww
豊臣方と何かの件で通じてたんだっけな
他意は無かったとしても疑われてもしょうがないようなこと




414: 人間七七四年 2010/03/15(月) 01:12:24 ID:mC5R+0cP

疑われてたというよりは、52万国の大大名にこれ以上戦功挙げられても困る
みたいな感じじゃなかったのかな
政宗は七男の舅だから別として、他も外様大大名は前線に出させてもらってないような




415: 人間七七四年 2010/03/15(月) 01:19:46 ID:mC5R+0cP

52万石だ

藤堂 22万石→32万石
蜂須賀 17万5千石→25万7千石
なので、50万石相応の兵力で戦歴豊富な長政とか出てきたら活躍しすぎちゃって、
それはそれで幕府としても都合が悪いんでしょう




416: 人間七七四年 2010/03/15(月) 01:57:00 ID:orsu/XU0

猛将に弱兵無しと言われるよーに
黒田麾下の武将には歴戦の強者が顔連ねてるからねぇ
その戦い馴れた名のある将は3千~万石クラスの禄が与えられ
中津にいた頃とは比べものにならないくらい戦力上がってる
関ヶ原じゃ中津12万石の兵力で倍する石田の兵力と互する事が出来た事を思うと
52万石なら尚更期待しちゃう、長政もさぞ大坂で大軍の指揮振るって見たかっただろうなぁ・・・



まぁ、例え大軍を指揮するとしても長政の常に先陣に立つ癖は治らないだろうが




419: 人間七七四年 2010/03/18(木) 23:38:24 ID:szcPMhGI

なんで黒田家は家族みんな宗教バラバラなんだろう?
長政が臨済宗で、息子は真言宗で、嫁が浄土宗で、親父は……キリスト教だよね?




420: 人間七七四年 2010/03/19(金) 00:50:15 ID:x44AW29m

官兵衛もキリスト教棄教後は臨済宗
つーか、長政は官兵衛がキリスト教に入信したから長政も入信したし
官兵衛がキリスト教棄教したから長政もそれに従って棄教した
あれでも長政は親には結構従順なところがあるからね

しかし当時の戦国武将は禅宗の影響で曹洞宗や臨済宗が多いな




421: 人間七七四年 2010/03/19(金) 01:27:28 ID:/HO4OA+V

官兵衛は実は棄教してなかったという説もあるね
長政はあっさり棄教してそうだけど




429: 人間七七四年 2010/04/14(水) 03:34:30 ID:G8KKEmZR

>>420 >>421
まあ、キリシタンの偽棄教は全然、普通の話しで多くの武将がやってる。
黒田の親父も息子も表向きはともかく本当に棄教してるかは本人にしかわからん。




427: 人間七七四年 2010/04/01(木) 01:01:54 ID:u4eB+Xn0

長政って、砲術剣術など武道は一通り一流所に習ってて、突進癖はあっても戦歴も確かで、
やたら卑屈な姿勢をどうこう言われつつ外交もうまくやってて、領国経営も頑張ってるけど、
親父さんと違って文化芸術方面がからっきしなイメージがあるけど、実際なんかそっち方面で取柄はないの?




428: sage 2010/04/12(月) 02:29:04 ID:MALeWc/6

音痴だし、芸術的な才能はなさそうだ






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